平野ノラのバレーボール経歴を徹底解説!全国優勝からKANORA JAPANの現在まで【2026年最新】
「しもしも〜?」のバブリーネタで知られるお笑いタレントの平野ノラさん。実は、小学3年生から高校卒業までバレーボールに打ち込み、小学生時代の全国優勝や中学・高校でのキャプテン経験を持つ、本格的な競技経験者です。
2026年は、SVリーグの試合で始球式を務めたほか、芸能界のバレーボールチーム「KANORA JAPAN」でも活動。元バレーボール日本代表の狩野舞子さんや、女子レスリング金メダリストの吉田沙保里さんとの交流も話題になっています。一方、日本バレーボール協会の評議員としての活動には、2026年に任期の節目を迎えたという変化もあります。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 小学生時代:東金町ビーバーズに所属し、小学5年生で全国優勝を経験。
- 学生時代の実績:修徳高校などで競技を続け、中学・高校では主将を務めた。高校時代には関東大会2位の実績もある。
- 2026年の活動:KANORA JAPANの運営やバレーボール普及活動を継続。吉田沙保里さんのチーム加入も報じられた。
【小学生時代に全国優勝】東金町ビーバーズで磨いたバレーボールの実力
平野ノラさんのバレーボール人生は、小学3年生のときに始まりました。きっかけは、母親がママさんバレーに取り組んでいたこと。母親の影響で競技に出会い、東京都葛飾区の強豪クラブチーム「東金町ビーバーズ」に所属しました。
平野さんの経歴を紹介した日刊スポーツや、本人が登場した雑誌『STORY』のインタビューによると、小学5年生のときには全国優勝を経験しています。小学生の段階で全国レベルの選手たちと競い合っていたことが、その後のバレーボール人生の土台になりました。
東金町ビーバーズは、全国大会での優勝実績を持つ歴史あるクラブです。日刊スポーツが2019年に紹介した同クラブの特集では、男女ともに全国優勝を複数回達成した強豪として取り上げられ、平野さんも1989年の男女アベック優勝時に女子チームの一員として活躍したことが紹介されています。
当時の平野さんについて、同クラブの総監督だった浦野正さんは、日刊スポーツの取材で「頑張り屋のレシーバー」と振り返っています。派手な攻撃だけでなく、ボールを拾い、ラリーをつなぐ役割にも取り組んでいたことがうかがえます。
また、本人が2025年に『STORY』のインタビューで語ったところによると、小学校では副キャプテンを担当。練習は週6日で、休みはほとんどない生活だったそうです。厳しい練習環境のなかで、技術だけでなく、チームの一員として責任を果たす姿勢も身につけていきました。
一方、本人は小学5年生の時点で、全国レベルの選手たちと対戦するなか、自分はプロにはなれないのではないかと感じたことも明かしています。全国優勝という華々しい実績がありながら、本人のなかには早くから冷静な自己分析もあったのです。

【修徳高校で主将】平野ノラのバレー経歴とポジションを年表で整理
平野さんは小学生時代だけでなく、中学・高校でも競技を続けました。中学は東京都葛飾区立金町中学校、高校はバレーボールの強豪として知られる修徳高校です。高校へはバレーボールのスポーツ推薦で進学したことが、スポニチや本人のインタビューで伝えられています。
注目したいのは、主将を務めながらも、必ずしも華々しい選手生活だけを送っていたわけではないことです。『STORY』のインタビューでは、競技を続けるなかでの葛藤や、自由な高校生活への憧れについても語っています。
| 時期 | 経歴・実績 | ポイント |
|---|---|---|
| 小学3年生 | 東金町ビーバーズに入団 | 母親のママさんバレーがきっかけ |
| 小学5年生 | 全国優勝を経験 | 全国レベルの強豪クラブでプレー |
| 小学生時代 | 副キャプテン | 練習やチーム運営の責任を経験 |
| 中学時代 | バレーボール部で主将 | 競技を継続し、チームを牽引 |
| 高校時代 | 修徳高校で主将 | 高校時代には関東大会2位を経験 |
| 2010年 | 芸人としてデビュー | ワタナベコメディスクールを経て活動開始 |
| 2022年 | 日本バレーボール協会の評議員に選任 | 競技普及だけでなく協会運営にも関わる |
| 2024年末〜2025年 | KANORA JAPANの活動を本格化 | 芸能界のバレーボール仲間を集めたチームを発足 |
| 2026年 | SVリーグで始球式、芸能界バレー部でも活動 | 競技経験を生かした普及・交流活動を継続 |
高校時代の実績として伝えられているのが、関東大会2位という成績です。ただし、キャプテンだったからといって、常にエースやレギュラーとして出場していたとは限りません。チームをまとめる役割と、コート上での出場機会は別のものです。
ポジションについては、日刊スポーツの2021年のプロフィールで「主にライト」と紹介されています。一方、東金町ビーバーズの関係者は小学生時代の平野さんをレシーバーとして振り返っています。これは異なる時期の役割を指している可能性があり、両者は必ずしも矛盾しません。
さらに、平野さんは2016年のテレビ出演時、ポジションを尋ねられて「ベンチあたためていました」と笑いを交えて話したこともあります。本人のユーモアを交えた発言と、学生時代の競技実績を分けて理解することが大切です。
【なぜ芸人の道へ?】バレー漬けの青春と、競技を続ける理由
平野さんは高校卒業まで約10年間バレーボールに打ち込みましたが、卒業後は競技を離れ、別の道を歩み始めました。高校時代には、練習中心の生活から解放されたいという思いもあったと本人が振り返っています。
2023年にスポニチのラジオ番組関連報道で紹介されたエピソードでは、平野さんは学生時代の厳しい練習を回想しています。水分補給も自由にできないような練習環境や、髪型や服装にも制約があった青春時代。高校の部活動を引退したときには、ようやくバレーから離れられるという気持ちがあったそうです。
しかし、競技から離れたことは、バレーボールへの愛情を失ったことと同じではありませんでした。高校卒業後はミュージカルへの憧れなどを経て、お笑いの道へ進むことになります。25歳ごろに芸人への挑戦を一度断念し、会社員などを経験した後、31歳でワタナベコメディスクールに入学。2010年にデビューしました。
本人は『STORY』のインタビューで、バレーボールを通じて培った責任感や、厳しい練習を続けた経験が、後の人生にもつながっていると語っています。競技生活で身につけた粘り強さは、芸人として試行錯誤を重ねるうえでも支えになったと考えられます。
では、なぜ現在もバレーボールを続けているのでしょうか。
2026年5月に放送されたTOKYO FMの番組『TOKYO SPEAKEASY』に関する日刊スポーツの報道では、平野さんはバレーボールをしている時間がリフレッシュになると話しています。仕事としてバレーに関わる機会もあり、プレーそのものを楽しみながら、仲間と過ごす時間も大切にしているようです。
かつては厳しい練習から離れたいと思っていた競技が、今では仕事の疲れを切り替え、人とのつながりを生む場所になっています。競技者としての実績だけでなく、離れた時期を経て再び楽しめるようになったことも、平野さんのバレー人生を理解するうえで欠かせない要素です。
【KANORA JAPANとは?】狩野舞子・吉田沙保里らとの活動
平野さんの現在のバレーボール活動を語るうえで欠かせないのが、芸能界のバレーボールチーム「KANORA JAPAN」です。
平野さんは2024年末ごろ、自身の公式ブログでチームの発足を報告しました。元バレーボール日本代表の狩野舞子さんに声をかけ、芸能関係者らに参加を呼びかけて結成したチームです。「KANORA」という名称は、狩野さんの「KANO」と平野さんの「NORA」を組み合わせたものです。
2025年5月の公式ブログでは、月1回を基本とする芸能界のバレーボール部として活動を紹介。元日本代表選手から、長い間ボールに触れていなかった人まで、経験も職業も異なるメンバーが集まったと報告しています。
2024年12月の発足報告や日刊スポーツの報道では、狩野舞子さんのほか、元日本代表の迫田さおりさん、モデルの稲垣貴子さん、俳優の近藤頌利さんらの参加も紹介されました。ただし、毎回の参加者は異なるため、これらの名前を固定メンバー全員の一覧と受け取るのは適切ではありません。
2026年5月には、チームに新たな大物メンバーが加わったことも報じられました。女子レスリングでオリンピック3連覇を達成した吉田沙保里さんです。
日刊スポーツなどによると、平野さんは同月のラジオ番組で、吉田さんが前回から正式メンバーに加わったと説明しました。吉田さんはバレーボール未経験ですが、レスリングで培った反応の速さや身体能力を生かし、ボールの下に素早く入る動きが上達していると平野さんが評価しています。
ここで押さえておきたいのは、吉田さんがバレーボールの元代表選手として加入したわけではないことです。レスリングで世界トップレベルの実績を持つアスリートが、新たにバレーボールに挑戦しているという関係です。
また、KANORA JAPANは、プロリーグに所属する競技チームとは異なります。芸能人やスタッフ、アスリートなどが集まってプレーを楽しむ交流の場として活動しています。平野さん自身も2026年5月の番組で、参加者の仕事の都合やプライベートとの線引きなど、対外試合やイベントを実現するうえでの課題に触れています。
このチームの面白さは、競技経験の有無や肩書にかかわらず、バレーボールを通じて人がつながる点にあります。元日本代表の技術を間近で見られることも、初心者が競技に触れるきっかけになることも、通常の芸能活動とは異なる価値です。
【2026年最新】バレーボール教室・始球式・協会評議員の現在
平野さんの現在の活動は、KANORA JAPANだけではありません。子どもたちへの普及活動や、プロリーグの試合を盛り上げる仕事にも広がっています。
2025年5月6日には、LaLa arena TOKYO-BAYでバレーボール教室に参加しました。SVリーグとジャパンバレーボールリーグが関わる「明日夢(みらい)プロジェクト」の一環で、リクルートスタッフィングの協賛によるイベントです。SVリーグの公式活動レポートでは、小学生33人を対象とした教室として紹介されています。
「平野ノラといっしょ 初めてでもOKバブリー!バレーボール教室」という企画名のとおり、経験者だけでなく、初めて競技に触れる子どもたちにも楽しさを伝えることを意識したイベントでした。元選手や指導者の技術指導に、平野さんの知名度と親しみやすさを組み合わせた取り組みです。
2026年4月4日には、SVリーグ女子の埼玉上尾メディックス対岡山シーガルズ戦で始球式を務めました。会場は埼玉県の所沢市民体育館です。埼玉上尾メディックスの告知を伝えたバレーボールキングによると、平野さんはバレーボールを長年続けてきた経験を踏まえ、競技に関われる喜びをコメントしていました。
試合会場での始球式や子ども向けの教室は、競技経験者がスポーツの魅力を伝える機会です。平野さんの場合、競技を長く経験したタレントという立場が、バレーボールを普段見ない人にも競技を知ってもらう接点になっています。
もう一つ注目したいのが、日本バレーボール協会の評議員としての経歴です。平野さんは2022年に評議員に選任されました。2024年の週プレNEWSのインタビューでは、協会の運営や予算などを外部の立場から確認する役割について、自身の言葉で説明しています。
ただし、2026年現在の肩書については注意が必要です。2022年の就任報道で示された任期は、2026年6月開催の定時評議員会終結まででした。日本バレーボール協会が公表する2026年6月12日現在の評議員一覧には平野さんの名前が掲載されていません。そのため、現在も評議員を務めていると紹介するのは正確ではありません。
2026年の平野さんの活動を整理すると、協会の役職にとどまらず、競技イベントへの出演、子ども向けの普及活動、芸能界のバレーボールチーム運営など、複数の形でバレーボールと関わっていることが分かります。
【プロの結論】平野ノラがバレーボールを続ける意味とは
平野ノラさんのバレーボール経歴を振り返ると、小学生時代の全国優勝や修徳高校での主将経験だけでは、その魅力を十分に説明できません。重要なのは、競技を離れた時期を経て、現在はプレーする楽しさと競技を広める役割の両方を大切にしている点です。
学生時代は週6日の練習をこなし、厳しい環境でチームを支えました。その後、芸人として成功し、現在は自ら仲間を集めてバレーボールを楽しみ、子どもたちとボールをつなぐ活動にも参加しています。競技者としての成績から、普及活動を担うタレントへと関わり方が変化してきたのです。
また、KANORA JAPANの活動には、元代表選手と初心者、芸能人とスタッフ、異なる競技のアスリートが同じコートに立つという特徴があります。勝敗や選手としての実績だけを目的にせず、競技を楽しむ仲間を増やすことにも価値を見いだしていると考えられます。
平野さんのバレーボール歴を調べる際は、次の3点を区別すると情報を整理しやすくなります。
- 競技歴:東金町ビーバーズでの全国優勝、中学・高校での主将経験、高校時代の関東大会2位。
- 現在の活動:KANORA JAPAN、バレーボール教室、リーグ戦の始球式など。
- 公的な役職:日本バレーボール協会の評議員は2026年6月に任期の節目を迎えており、現行の評議員一覧には掲載されていない。
このように競技実績と現在の活動、過去の役職を分けて見ることで、平野さんが今どのような立場でバレーボールに関わっているのかが明確になります。
【平野ノラバレーボール】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:平野ノラは小学生時代に本当に全国優勝したのですか?
A1:はい。小学3年生から東金町ビーバーズで競技を始め、小学5年生のときに全国優勝を経験したことが、日刊スポーツや本人のインタビューで紹介されています。
Q2:平野ノラのバレーボールのポジションは何ですか?
A2:日刊スポーツの2021年のプロフィールでは主にライトとされています。また、東金町ビーバーズの関係者は小学生時代の平野さんをレシーバーと振り返っています。時期によって役割が異なる可能性があるため、ひとつのポジションだけで競技歴全体を説明するのは適切ではありません。
Q3:KANORA JAPANには狩野舞子や吉田沙保里も参加していますか?
A3:はい。元バレーボール日本代表の狩野舞子さんはチーム発足時から平野さんとともに活動を進めてきました。2026年5月の報道では、女子レスリング金メダリストの吉田沙保里さんが正式メンバーに加わったことも紹介されています。
Q4:平野ノラは2026年現在も日本バレーボール協会の評議員ですか?
A4:2022年に評議員へ選任されましたが、当時公表された任期は2026年6月開催の定時評議員会終結までです。協会の2026年6月12日現在の評議員一覧には名前が掲載されていないため、現職として紹介することはできません。
Q5:平野ノラは現在、バレーボールの指導者として活動しているのですか?
A5:2025年には小学生向けのバレーボール教室に参加し、2026年にはSVリーグの試合で始球式を務めています。こうした普及活動への参加は確認できますが、専業の指導者として活動しているという意味ではありません。
まとめ:平野ノラのバレー経歴は全国優勝から普及活動へ
平野ノラさんは、小学3年生でバレーボールを始め、東金町ビーバーズで全国優勝を経験。中学・高校では主将を務め、修徳高校時代には関東大会2位という実績も残しました。その後は芸人として活躍しながら、競技とのつながりを再び広げています。
2026年は、4月のSVリーグでの始球式や、5月に報じられたKANORA JAPANへの吉田沙保里さんの加入など、バレーボールに関する話題が続きました。日本バレーボール協会の評議員としての任期は節目を迎えましたが、競技を楽しみ、その魅力を伝える活動は続いています。
平野さんのバレーボール人生は、全国優勝という過去の実績だけでなく、競技を離れた経験を経て、再びコートに立ち、仲間や子どもたちとボールをつなぐ現在までを含めて理解することが大切です。選手としてのキャリアから普及活動へ。バレーボールを通じて人とつながる姿が、平野ノラさんのもう一つの魅力になっています。 (出典: 平野 ノラ バレーボール(Yahoo!ニュース))