相撲の大銀杏を結える条件とは?十両以上の格式やチョンマゲとの違い・床山の技法を徹底解説
大相撲の本場所中継を眺めていると、土俵上で躍動する力士たちの頭上でひときわ美しく広がる「大銀杏(おおいちょう)」に目を奪われます。扇のように優美に開いた先端と、端正に整えられた髷のシルエットは、日本の国技が誇る様式美の象徴です。しかし、土俵に上がるすべての力士があの髪型を結っているわけではありません。
相撲界には極めて厳格な身分制度が存在し、頭髪の結い方ひとつに力士の地位や歩んできた軌跡が克明に刻まれています。新十両昇進時の知られざるドラマや、土俵を支える専門職「床山(とこやま)」の神業、さらには現役を退く断髪式に至るまで、大銀杏に秘められた格式と実態を深掘りします。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:結える資格の境界線:大銀杏は原則として十両以上の「関取」にのみ許される特権であり、幕下以下の力士は普段チョンマゲを結う。
- 要点2:例外的な結髪の場面:幕下以下でも、本場所の取組で関取と対戦する際や巡業の初切・土俵祭、引退の断髪式では大銀杏が許される。
- 要点3:伝統を紡ぐ床山の技:ビン付け油と元結(もとゆい)を用い、力士の髪質や長さに合わせてわずか十数分で芸術的な扇形に仕上げる。
大銀杏を結う資格条件:なぜ「十両以上の関取」に限られるのか
大相撲における髪型は、単なる身だしなみではなく、力士の階級を示す厳格なライセンスのような役割を果たしています。日本相撲協会の規定および長年培われてきた慣例により、日常的に本場所土俵上で大銀杏を結うことが認められているのは、十両以上の幕内・十両力士(通称:関取)のみです。
相撲界では、幕下以下(幕下・三段目・序二段・序ノ口)を「力士養成員」、十両以上を「関取」と呼び、待遇面で明確な一線が引かれています。関取になることで初めて月給が支給され、個室が与えられ、付け人を従える立場となります。大銀杏はその一人前のプロフェッショナルである証しそのものです。
大銀杏の由来は江戸時代中期にさかのぼります。当時の武士や町人の間で流行した本多髷などの変形から発展し、髷の先端をイチョウの葉のように平たく広げた形状が力士特有の髪型として定着しました。かつては地位に関わらず結われていた時期もありましたが、明治以降の近代化や協会の制度整備に伴い、現在の格式高い身分表示へと洗練されていきました。

チョンマゲと大銀杏の違いを徹底比較:形状・格式・結う場面
一般的に力士の髪型を一括りに「マゲ」と呼ぶことが多いものの、専門的には「チョンマゲ(普通髷)」と「大銀杏」は明確に区別されています。その構造や着用資格の違いを整理しました。
| 比較項目 | チョンマゲ(普通髷) | 大銀杏(おおいちょう) |
|---|---|---|
| 主な着用資格 | 幕下以下の力士(および関取の稽古時・日常) | 十両以上の関取(本場所・正装時) |
| 髷の先端形状 | 棒状で先端を折り返し平らに整えたシンプルな形 | 先端を扇状に大きく開き、イチョウの葉を模した形状 |
| 頭頂部の処理 | 元結で束ね、頭頂部に沿わせて前方に寝かせる | 刷毛目を揃え、髷の根元を高く立ち上げて広げる |
| 結うのに必要な時間 | 約5分〜10分程度 | 約15分〜20分(入念な油付けと調整が必要) |
| 主な着用場面 | 幕下以下の本場所取組、全力士の朝稽古・普段着時 | 十両・幕内の本場所取組、土俵入り、巡業、公式行事 |
関取であっても、早朝の稽古場や宿舎でリラックスしている時間帯はチョンマゲで過ごします。本場所の土俵入りや取組前、あるいは紋付羽織袴を着用する公式行事の場において、初めて大銀杏が結い上げられます。
幕下以下でも大銀杏が許される「例外規定」と断髪式の重み
十両以上の特権である大銀杏ですが、幕下以下の力士にも例外的に結うことが許される特別な舞台が存在します。代表的なのが以下の場面です。
第一に、本場所の取組で幕下力士が十両力士と対戦する「十両五番勝負」などに組み込まれた場合です。相手が関取であるため、取組の格式を合わせる目的で大銀杏を結って土俵に上がることが認められます。第二に、巡業で見せる相撲甚句や初切(しょっきり)を担当する力士、弓取親王を務める力士、本場所前日の土俵祭で祭主の脇を固める行司・力士なども、儀礼上の理由から大銀杏を結います。
そして最も感動的な例外が、引退時に行われる「断髪式」です。幕下以下で引退する力士であっても、長年の労苦を称え、最後の土俵を飾る花道として床山が大銀杏を結い上げます。大銀杏に鋏(はさみ)が入れられ、最後に師匠によって髷が切り落とされる瞬間は、土俵人生の完全な終焉を意味する荘厳な儀式です。

髪の長さが足りない?新十両力士が直面する「結えない理由」
スピード出世を果たした有望力士の前に立ちはだかるのが、「髪の長さが足りずに大銀杏が結えない」という物理的な壁です。入門から負けなし、あるいは記録的な短期間で幕下を通過して新十両昇進を決めた力士は、頭髪の成長が昇進スピードに追いつかない現象が起こります。
大銀杏を美しく広げて結うためには、頭頂部の髪を束ねたうえで先端を折り返し、さらに扇状に広げるための十分な長さ(一般的に肩甲骨付近に達する長さ)と全体の毛量が必要です。髪が短い状態で無理に結おうとしても、元結がすっぽ抜けてしまったり、イチョウの葉の形が作れなかったりします。
過去にも学生相撲出身のエリート力士などが新十両に昇進した際、頭頂部の長さが足りず、チョンマゲのまま十両の土俵に上がった事例が複数存在します。ファンにとっては「それだけ驚異的なスピードで番付を駆け上がった証拠」として称賛の対象となり、やがて髪が伸びて初めて大銀杏を結って登場する日は、後援会や相撲ファンにとって特別な慶事となります。
職人技が光る「床山」の世界:ビン付け油の香りと元結の技術
力士の象徴である髷を結い上げるのは、日本相撲協会に所属する専門職人「床山」です。床山も力士と同様に等級(特等から五等)が定められており、番付上位の関取ほどベテランの熟練床山が担当する仕組みになっています。
床山が使用する道具は、木製の櫛(スキ櫛、前櫛、筋引きなど)と、和紙で作られた強靭な紐である「元結(もとゆい)」、そして独特の甘い芳香を放つ「ビン付け油」です。ビン付け油は固さの異なる複数種類を季節や力士の髪質に応じて使い分け、手のひらの熱で溶かしながら髪全体へ均一に馴染ませていきます。両国国技館や巡業先の支度部屋に漂う甘く重厚な香りは、このビン付け油によるものです。
激しい頭のぶつかり合いでも決して解けない強度を保ちつつ、土俵映えする立体的な美しさを両立させる技術は一朝一夕には身につきません。頭頂部の毛流れをミリ単位で整え、元結を力強く歯で噛んで引き締め、最後にハサミで扇の広がりを切り揃える一連の所作は、無形文化遺産級の職人技といえます。

【相撲大銀杏】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:大銀杏を結うのにどれくらいの髪の長さが必要ですか?
A1:一般的に、髪を下ろした状態で鼻先から口元を越え、結い上げた際に髷の先端を折り返して扇形に広げられる長さ(おおむね肩から胸のあたりまで)が必要です。長さだけでなく、髷にボリュームを出すための十分な毛量も求められます。
Q2:外国出身力士や天然パーマの力士でも大銀杏は結えますか?
A2:結えます。髪質が縮毛や強い天然パーマの場合、床山が熱やビン付け油を丁寧になじませ、目の細かい櫛で時間をかけて伸ばしながら整えます。どんな髪質であっても伝統の形状に仕立て上げるのがプロの床山の技術です。
Q3:関取は毎日大銀杏を結っているのですか?
A3:毎日結っているわけではありません。本場所の取組日や巡業、土俵入り、公式行事や撮影などの正装時のみ大銀杏を結います。普段の稽古日や宿舎での日常生活では、頭皮への負担を軽減するためシンプルなチョンマゲで過ごしています。
まとめ:伝統の格式が宿る大銀杏を土俵で味わう視点
大相撲における大銀杏は、単なる髪型のバリエーションではなく、厳しい勝負の世界を勝ち抜いた力士にのみ与えられる誇り高き勲章です。十両昇進という過酷な関門を突破した者だけが頭上にいただくその扇形には、力士自身の汗と努力、そして土俵裏で伝統を支え続ける床山の卓越した技術が凝縮されています。
土俵上の勝敗だけでなく、新十両力士の髪の伸び具合や、力士ごとに微妙に異なる大銀杏の張り具合、支度部屋から漂うビン付け油の香りなど、髪型にまつわる文脈に目を向けることで、大相撲という神事・伝統文化の奥行きをより深く堪能できるはずです。 (出典: 相撲 大 銀杏(Yahoo!ニュース))