過激派とは何か?極左暴力集団の意味と革マル派・中核派・革労協の違いを徹底解説
「過激派とは、具体的にどのような人や組織を指すのか」「革マル派・中核派・革労協は何が違うのか」。ニュースで目にする言葉ですが、政治的に急進的な思想を持つ人と、暴力やテロを実行する組織は、必ずしも同じではありません。言葉の意味を正しく理解するには、思想、組織の歴史、実際の犯罪行為を分けて考える必要があります。
日本では、警察庁が「極左暴力集団」という用語を用いて、暴力革命を目指すとされる集団や、その活動実態を公表しています。2026年3月公表の警察庁資料では、同集団の勢力を約1万8,300人と推計しています(2024年6月現在)。また、2026年版警察白書には、2025年の活動や検挙事例も記載されています。安保闘争からあさま山荘事件、そして現在までの動きを、公的資料に基づいて整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:「過激派」は幅広い意味を持つ言葉であり、政治的な急進思想と暴力行為は区別して理解する必要がある。
- 要点2:日本の極左暴力集団として知られる革マル派・中核派・革労協は、成立の経緯や組織方針、重点的に取り組む運動が異なる。
- 要点3:安保闘争や大学紛争を背景に拡大した新左翼運動は、過激な武装闘争や組織内抗争によって支持を失った一方、現在も一部組織が活動を続けている。
【まず定義】過激派とは何を指す言葉なのか?極左暴力集団との違い
過激派とは、一般に、既存の政治・社会制度を急進的な手段で変革しようとする人や集団を指す言葉です。ただし、法律上の一律の定義があるわけではなく、使用される場面によって意味が変わります。
政治運動や社会運動の文脈では、既存の制度を根本から変えようとする思想を持つ集団が「過激派」と呼ばれることがあります。一方、治安や犯罪に関する報道では、暴力的な手段による政治目的の実現を目指す組織や、実際にテロ・ゲリラ事件を起こした集団を指す場合があります。
この違いを理解するうえで重要なのが、日本の警察庁が使用する「極左暴力集団」という用語です。
極左暴力集団とは
警察庁の2026年3月公表資料では、極左暴力集団について、社会主義革命・共産主義革命を目指し、暴力によって民主主義社会を破壊しようとする集団という趣旨で説明しています。成立の経緯や指導理論の違いから複数の党派が存在し、それぞれ独自の組織活動を行っているとされています。
ここで注意したいのは、「極左暴力集団」が警察の治安対策上の分類であることです。政治的に左派であることや、資本主義に批判的であることだけを理由に、個人や団体がこの分類に該当するわけではありません。
例えば、政府の政策に反対するデモ、基地反対運動、反原発運動、労働組合による抗議活動は、それ自体が違法行為や暴力行為を意味するものではありません。主張の内容だけでなく、組織の実態、具体的な行動、法令違反の有無を分けて判断することが重要です。
過激派の目的と思想
日本の新左翼系過激派の歴史を理解するには、その思想的な背景を押さえる必要があります。中心となったのは、既存の政治体制や資本主義社会を批判し、社会主義・共産主義革命によって社会を変革しようとする思想です。
ただし、同じ革命思想を掲げていても、どのような組織をつくるのか、労働運動や学生運動をどう位置付けるのか、国家権力にどう対抗するのかについて、党派ごとに考え方が分かれました。こうした路線対立が、組織の分裂や対立を繰り返す一因となりました。
また、社会運動への参加と暴力的な活動は同一ではありません。政治的な主張が共通していても、暴力を否定する市民団体や労働組合を、過激派組織と一括りにするのは適切ではありません。

【日本の主な組織一覧】革マル派・中核派・革労協は何が違う?
日本の極左暴力集団を理解するうえで、特に名前が挙がるのが革マル派、中核派、革労協です。いずれも新左翼運動の流れに位置付けられますが、成立の時期や組織の方針、重点的に取り組む運動には違いがあります。
革マル派とは
革マル派の正式名称は「日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派」です。警察庁の資料によると、1963年2月に中核派と分裂して発足しました。
組織の理論的な基盤を築いた人物として知られるのが、黒田寛一です。警察庁は、革マル派が黒田の理論の継承や組織建設に取り組み、労働組合を通じた組織拡大を図っていると説明しています。機関紙は「解放」です。
革マル派の特徴を理解する際には、理論や組織の維持を重視する姿勢と、他党派との対立の歴史を押さえる必要があります。中核派とは同じ革命思想の系譜にありながら、組織運営や路線をめぐって激しく対立してきました。
中核派とは
中核派の正式名称は「革命的共産主義者同盟全国委員会」です。革マル派と同じく1963年2月に分裂して発足し、機関紙「前進」を発行しています。
警察庁は、中核派について、過去に多数のテロ・ゲリラ事件を起こした集団として記録しています。1990年には、同派が掲げた「90年天皇決戦」の路線の下で、年間124件のテロ・ゲリラ事件を実行したとしています。
現在の活動については、反戦闘争を中心に各種運動へ取り組む動きが公表されています。2026年版警察白書では、2025年に全国委員会総会を開き、反戦闘争を中心とした活動方針を確認したことや、組織内部の対立が表面化したことが記されています。
革労協とは
革労協の正式名称は「革命的労働者協会」です。1969年10月に発足し、1999年に主流派と反主流派へ分裂しました。警察庁の資料では、主流派は「革命的労働者協会(社会党社青同解放派)」、反主流派は「革命的労働者協会(解放派)」と整理されています。
警察庁によると、両派はそれぞれ重点を置く運動が異なり、主流派は成田闘争、反主流派は反戦・反基地闘争に重点的に取り組んでいます。過去にはテロ・ゲリラ事件や、党派間の殺傷事件を含む内部抗争も起こしてきました。
3組織の違いを比較
警察庁の2026年3月公表資料に基づき、3組織の特徴を整理します。勢力の数値は、同資料に記載された2024年6月時点の警察庁による推計であり、2026年現在の実数を示すものではありません。
| 組織 | 成立・分裂の経緯 | 主な特徴・活動 | 機関紙・補足 |
|---|---|---|---|
| 革マル派 | 1963年2月、中核派と分裂 | 理論の継承や組織建設、労働運動を重視 | 「解放」/勢力推計約5,500人 |
| 中核派 | 1963年2月、革マル派と分裂 | 過去に多数のテロ・ゲリラ事件。現在も反戦闘争などに取り組む | 「前進」/勢力推計約4,700人 |
| 革労協 | 1969年10月発足、1999年に主流派・反主流派へ分裂 | 主流派は成田闘争、反主流派は反戦・反基地闘争を重点化 | 「解放」/勢力推計約400人 |
出典:警察庁「極左暴力集団の現状等」(2026年3月)。勢力推計はいずれも2024年6月現在。
なお、警察庁は、極左暴力集団全体の勢力を約1万8,300人と推計しています。この数字には上記3組織以外の党派も含まれるため、3組織の推計人数を合計した数値とは一致しません。いずれも警察による推計であり、確定した構成員名簿に基づく人数とは区別する必要があります。
そのほかの関連組織
日本の過激派の歴史をたどると、革マル派・中核派・革労協以外にも、赤軍派、連合赤軍、東アジア反日武装戦線などの名前が登場します。ただし、これらをすべて現在活動している同一カテゴリーの組織として扱うことはできません。
赤軍派は新左翼運動の中から生まれた党派で、連合赤軍は赤軍派と革命左派のメンバーが合流して形成された組織です。一方、東アジア反日武装戦線は、独自の反日武装闘争の理論を掲げて企業爆破事件を起こした集団で、警察庁の歴史資料では既存の極左暴力集団とは別の系統として説明されています。
組織名が似た文脈で登場するからといって、成立経緯や事件への関与、現在の活動状況まで同じとは限りません。過激派組織の一覧を見る際には、歴史上の組織、現在活動している党派、警察の分類上の位置付けを分けて把握することが大切です。
【歴史を整理】新左翼運動と安保闘争から、あさま山荘事件まで
日本の新左翼運動が拡大した背景には、冷戦下の国際情勢、日米安全保障条約をめぐる対立、大学紛争、既存の左翼政党への不満など、複数の要因がありました。単に思想が急進化したというだけではなく、当時の政治・社会環境と、運動内部の路線対立を合わせて見る必要があります。
1950年代から1960年代:新左翼の成立と安保闘争
警察庁の資料によると、極左暴力集団の前身となる組織の一部は、1950年代初頭、日本共産党を除名されたり、離党したりした人々を中心に成立しました。既存政党の路線への批判や、革命の実現方法をめぐる対立が、新たな党派の形成につながりました。
1960年には、日米安全保障条約の改定をめぐって大規模な安保闘争が起こりました。条約改定への反対運動は、学生や労働者を巻き込む政治運動となり、その後の新左翼運動が拡大する重要な背景となりました。
1960年代後半には、ベトナム戦争への反対、大学の管理運営への不満、学費や教育制度をめぐる問題などを背景に、学生運動が活発化します。大学紛争や街頭での衝突が相次ぎ、運動の中には武装闘争を志向する集団も現れました。
1963年:革マル派と中核派の分裂
新左翼運動の内部では、革命理論、組織運営、運動方針などをめぐる対立が深まりました。革マル派と中核派は1963年2月に分裂し、それぞれ別の組織として活動するようになります。
同じ革命思想を掲げる集団であっても、対立する党派を政治的な競争相手ではなく敵とみなすようになると、運動内部の暴力が拡大します。こうした党派間の暴力的抗争は「内ゲバ」と呼ばれ、新左翼運動が社会的な支持を失う一因となりました。
1970年代:武装闘争の激化と連合赤軍
1970年の日米安全保障条約の自動継続をめぐる時期には、安保闘争の高揚を背景に、過激な街頭闘争や武装闘争が続きました。その後、一部の集団は爆発物などを用いた攻撃に進み、一般市民を巻き込む重大事件を起こしました。
1971年11月には渋谷暴動事件が発生し、警備中の警察官が殺害されました。警察庁は、同事件を中核派に関連する重大事件として記録しています。事件をめぐっては、その後も捜査と刑事裁判が続きました。
1972年2月19日から28日まで続いたあさま山荘事件では、連合赤軍のメンバー5人が長野県軽井沢町のあさま山荘に立てこもり、管理人の妻を人質にしました。警察の突入によって人質は救出され、警察官2人が殉職しました。
連合赤軍をめぐっては、あさま山荘事件だけでなく、組織内部での暴力や殺害も大きな社会問題となりました。革命の実現を掲げながら、組織内部で深刻な暴力を正当化していった経緯は、過激な思想と閉鎖的な組織運営が結び付いた場合の危険性を示す歴史的事例です。
一連の事件は、新左翼運動に対する社会の見方を大きく変えました。政治的な主張への共感と、殺傷行為や人質事件を容認することは別であり、暴力を伴う闘争は、一般の学生や労働者からの支持を失う大きな要因となりました。

【テロ・ゲリラ事件】過激派による重大事件とその被害
過激派の実態を理解するうえでは、思想や組織名だけでなく、実際に何が起き、どのような被害が生じたのかを確認する必要があります。特に1970年代には、爆発物を用いた攻撃や警察官への襲撃など、市民生活に深刻な被害を及ぼす事件が相次ぎました。
三菱重工ビル爆破事件
1974年8月30日、東京・丸の内の三菱重工本社ビル前で爆弾が爆発し、8人が死亡、380人が負傷しました。警察庁の警察白書は、東アジア反日武装戦線の「狼」による事件として記録しています。
この事件は、不特定多数の通行人を巻き込んだ重大な爆弾テロでした。ただし、実行した東アジア反日武装戦線は、革マル派や中核派などの既存の極左暴力集団とは別の系統として整理されています。事件を理解する際には、思想的な類似点だけでなく、組織の違いも確認する必要があります。
あさま山荘事件と渋谷暴動事件
あさま山荘事件は、連合赤軍による人質立てこもり事件として知られています。一方、渋谷暴動事件は1971年11月に発生した警察官殺害事件であり、中核派に関係する事件として警察庁の資料に記録されています。
この2つの事件は、発生した時期や関係した組織、事件の形態が異なります。あさま山荘事件では人質を取った立てこもりが社会に衝撃を与え、渋谷暴動事件では警備中の警察官が命を落としました。いずれも、新左翼運動の一部が暴力的な手段へと進んだ歴史を理解するうえで重要な事件です。
事件数から見える長期的な推移
2026年5月8日の衆議院法務委員会では、警察庁の政府参考人が、極左暴力集団によるテロ・ゲリラ事件について、統計のある1972年以降の発生件数を1,161件と説明しました。この数値は、特定の期間における警察の統計に基づくものであり、日本で発生したあらゆるテロ事件の総数を意味するものではありません。
過去の警察白書を見ると、1970年代から1990年前後にかけて、爆発物や発射装置などを使用した事件が多数記録されています。1990年には、中核派が124件のテロ・ゲリラ事件を実行したと警察庁が報告しています。
一方、過去の事件数だけで現在の危険性を判断することもできません。過去の武装闘争と、現在の組織活動、実際に検挙された事件、組織の勢力推計は、それぞれ異なる指標です。歴史的な被害を正しく理解しながら、現在の動向は最新の公的資料に基づいて確認することが重要です。
【2026年の最新動向】現在の過激派は何をしているのか
2026年現在、革マル派・中核派・革労協は、歴史上の名称として残っているだけの組織ではありません。警察庁の2026年版警察白書は、2025年の活動や検挙事例を取り上げ、各党派がそれぞれの方針に沿って活動を続けていると説明しています。
反戦・反基地・反原発運動への取り組み
警察庁の報告によると、2025年中、極左暴力集団は、戦後80年に当たっての天皇皇后両陛下の地方行幸啓をめぐる抗議行動のほか、反戦・反基地運動や反原発運動に取り組みました。
組織ごとの活動にも違いがあります。革マル派は理論の継承や組織建設に取り組み、中核派は反戦闘争を中心とする活動方針を確認しました。革労協については、主流派が成田闘争、反主流派が反戦・反基地闘争に重点を置いていると報告されています。
ただし、こうした運動に参加したという事実だけで、参加者全員を過激派と判断することはできません。集会やデモの主催者、参加者の所属、個別の行為を区別して考える必要があります。
大学や街頭での活動と検挙事例
2026年版警察白書には、中核派系の全学連活動家をめぐる複数の検挙事例が記載されています。例えば、警察庁は、2025年6月に沖縄県で行われた天皇皇后両陛下の行幸啓に伴う警備に際し、警察官に暴行を加えたとして、中核派系全学連活動家1人が公務執行妨害容疑で現行犯逮捕された事案を公表しています。
また、京都大学の構内における集会に関連して、大学職員への暴行などを理由に、2025年9月に中核派系全学連活動家2人が逮捕された事案も記載されています。これらは警察庁が公表した検挙事例であり、逮捕という事実と、刑事裁判で有罪が確定したことは区別しなければなりません。
組織の高齢化と若年層への働きかけ
警察庁の2026年3月資料は、極左暴力集団全体で組織の高齢化が進む一方、若者の獲得を目指す活動が行われていると説明しています。具体的には、機関紙やSNSを利用して主張や集会・デモの様子を発信する取り組みなどが挙げられています。
こうした活動を読み解く際に重要なのは、政治的な主張の内容と、勧誘や組織運営の実態を分けて確認することです。反戦や反原発といったテーマへの賛同は、特定組織への所属や、違法行為への関与を意味しません。
現在の動向を把握するには、警察庁の年次資料に加え、個別事件の捜査発表、裁判所の判断、当該組織自身の公表内容などを照合することが有効です。異なる立場の資料を比較することで、主張と事実、容疑と確定した判決を区別しやすくなります。

【混同しやすい用語】過激派とテロリストの違いを正しく理解する
「過激派」と「テロリスト」は関連する言葉ですが、同じ意味ではありません。過激派は主として思想や組織の性格を表す言葉であるのに対し、テロリストは一般に、政治的・思想的な目的などのためにテロ行為を実行する人物を指します。
外務省は、テロについて国際的に確立された統一的な定義は存在しないと説明したうえで、一般には、特定の主義主張に基づき、国家などにその受け入れを強要したり、社会に恐怖を与えたりする目的で行われる殺傷行為などを指すとしています。
過激派とテロリストの主な違い
- 過激派:急進的な思想や、既存の政治・社会制度を根本的に変革しようとする立場を表す言葉。使用する文脈によって意味が異なる。
- テロリスト:政治的・思想的な目的などに基づき、テロ行為を実行する人物を指す一般的な呼称。
- 極左暴力集団:日本の警察庁が、暴力革命を目指すとされる極左系組織を扱う際に用いる分類。
つまり、過激な主張をする人が必ずテロリストであるわけではなく、テロという行為の評価には、具体的な行為と目的が関係します。また、極左暴力集団という分類に関する説明と、個人が特定の犯罪を行ったかどうかという判断も別の問題です。
情報を見極めるための3つの基準
過激派に関するニュースやSNS上の情報を読む際には、次の3点を確認すると、誤解を避けやすくなります。
- 組織名と時期:現在の組織なのか、過去に活動していた組織なのか。分裂前後の名称が混同されていないか。
- 事実と評価:実際に起きた事件なのか、警察などによる評価なのか、組織自身が発表した主張なのか。
- 容疑と判決:逮捕や起訴の段階なのか、裁判で有罪が確定しているのか。
さらに、警察庁の資料は治安対策の観点から組織を説明するものであり、当該組織の主張や歴史認識とは立場が異なります。公的資料を基礎にしながら、事件の裁判記録や歴史研究も参照することで、より立体的な理解につながります。
【過激派とは】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:過激派とは簡単にいうと何ですか? A1:一般には、既存の政治・社会制度を急進的な手段で変えようとする人や集団を指します。ただし、政治的に急進的な思想を持つことと、暴力や犯罪を実行することは同じではありません。
Q2:極左暴力集団とは何ですか? A2:日本の警察庁が、社会主義・共産主義革命を目指し、暴力による社会変革を企てるとされる集団を指して用いる言葉です。革マル派、中核派、革労協などが代表的な組織として挙げられます。
Q3:革マル派と中核派は何が違うのですか? A3:両者は1963年2月に分裂して発足した組織です。理論や組織運営、運動方針に違いがあり、警察庁の資料では、革マル派は理論の継承や組織建設、中核派は反戦闘争などを中心とした活動が説明されています。
Q4:革労協は革マル派や中核派と同じ組織ですか? A4:別の組織です。革労協は1969年に発足し、1999年に主流派と反主流派に分裂しました。警察庁は、主流派が成田闘争、反主流派が反戦・反基地闘争を重点的に行っていると説明しています。
Q5:2026年現在も過激派は活動しているのですか? A5:はい。警察庁の2026年版警察白書には、2025年における極左暴力集団の活動や検挙事例が記載されています。ただし、過去の組織や事件の状況がそのまま現在に当てはまるわけではなく、最新の公的資料で確認する必要があります。
まとめ:過激派を理解するために押さえたい判断基準
過激派とは、一般に急進的な思想や手段を指す言葉ですが、日本の治安に関する報道では、暴力革命を目指すとされる極左暴力集団を指す場合があります。言葉の意味を正しく理解するには、一般的な用法と警察庁による分類を区別することが出発点になります。
革マル派・中核派・革労協は、新左翼運動の歴史の中で成立した別々の組織です。1960年の安保闘争、1960年代の大学紛争、1970年代の武装闘争やあさま山荘事件などを経て、新左翼運動の一部は暴力的な手段へと進み、重大な被害をもたらしました。その歴史を理解するには、政治的な背景と実際の犯罪行為の両方を見る必要があります。
2026年現在も、警察庁は各党派の活動や検挙事例を公表しています。過激派に関する情報を読むときは、組織の名称、成立した時期、現在の活動、事件の事実関係を切り分けることが大切です。思想への賛否だけで判断するのではなく、具体的な行為と公的記録に基づいて理解することが、過激派をめぐるニュースを正確に読み解くための基本となります。 (出典: 過激 派 と は(Yahoo!ニュース))