アブアブ赤札堂とは?1917年創業の歴史と2026年の現在、赤札堂との関係を徹底解説
「アブアブ赤札堂」と検索すると、食品スーパーの赤札堂、かつて上野で親しまれたファッションビル「ABAB UENO」、そして小泉グループや中国料理店の東天紅との関係が気になる人も多いのではないでしょうか。株式会社アブアブ赤札堂は、1917年(大正6年)に東京・門前仲町で始まった洋品店をルーツとする小売企業です。2026年現在も、東京都内で食品スーパーマーケット「赤札堂」を展開しています。
その歴史をたどると、創業時の赤い値札に由来する店名、1964年のAマート展開、上野店の大規模な増築、呉服・子供服部門を独立させた株式会社モンマートの営業開始など、時代に応じて事業を変えてきた経緯が見えてきます。一方、ABAB UENOは2024年6月30日に閉店しました。会社そのものと個別店舗の営業終了を区別することが、現在の赤札堂を正しく理解するポイントです。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:アブアブ赤札堂は、1917年に門前仲町で創業した洋品店をルーツとする小売企業で、現在の主力事業は食品スーパー「赤札堂」です。
- 要点2:1964年にはAマート1号店として深川店を開業し、上野店の増築やモンマートの設立を通じて事業を拡大しました。
- 要点3:ABAB UENOは2024年に閉店しましたが、赤札堂の食品スーパー事業は継続しており、公式店舗一覧には2026年現在も東京都内7店舗が掲載されています。
【まず結論】アブアブ赤札堂とは?食品スーパーとABABの関係
株式会社アブアブ赤札堂は、東京都台東区池之端に本部を置く小売企業です。会社の公式概要によると、代表取締役社長は小泉和久氏、資本金は5,000万円。主な事業は、食品スーパーマーケット「赤札堂」の運営です。
社名に含まれる「アブアブ」は、上野で営業していたファッションビル「ABAB UENO」の歴史と結び付いています。赤札堂は食品スーパーとしてのブランド名であり、ABABはかつて若者向けファッションを中心に展開していた商業施設の名称です。両者は別々の会社というより、同じ企業が時代に応じて展開してきた異なる小売事業として理解すると分かりやすいでしょう。
現在の事業を整理すると、次のようになります。
- 企業名:株式会社アブアブ赤札堂
- 主力事業:食品スーパーマーケット「赤札堂」の運営
- 本部所在地:東京都台東区池之端1丁目5番2号
- 代表者:代表取締役社長・小泉和久氏
- 創業年:1917年
- 店舗展開:公式店舗一覧では東京都内7店舗
会社の公式概要には、売上高140億円(2023年2月実績)、従業員670人という数値が掲載されています。一方、エン転職の採用企業情報では、売上高120億円(2025年2月期実績)、従業員500人(2025年12月時点)とされています。対象年度や集計時点が異なるため、これらを同一時点の数値として比較することはできません。2026年の企業規模を把握する際は、数字だけでなく、出典と基準日も確認する必要があります。
なお、会社の公式サイトでは、赤札堂の食品スーパー事業と、2024年6月に閉業したABABの案内が別々に掲載されています。この構成自体が、ABABの閉店と赤札堂という会社・スーパー事業の存続は別の話であることを示しています。

【創業の由来】1917年、門前仲町の小さな洋品店から始まった
赤札堂の歴史は、1917年(大正6年)10月28日にさかのぼります。東京市深川区、現在の東京都江東区門前仲町で、小泉清一・つね夫妻が「赤札堂洋品店」を開いたことが始まりとされています。
創業当初は、現在のような食品スーパーではありません。衣料品を販売する小さな洋品店でした。食料品を扱うスーパーマーケットのイメージからは意外に感じられるかもしれませんが、赤札堂は衣料品小売から出発し、長い時間をかけて事業の形を変えてきた企業です。
赤札堂という名前に込められた意味
店名の由来として知られているのは、当時の鉄道の三等切符が赤色だったことと、商店が特売や値引きの際に赤い値札を使っていたことを組み合わせたという説明です。
そこには、「三等切符で一等のお買い物」という、手頃な価格でも満足できる買い物を提供するイメージが込められていました。価格の分かりやすさや、お得に買い物ができるという印象を店名そのものに結び付けたわけです。
この由来は、現在の食品スーパー事業を理解するうえでも興味深いものです。創業時は衣料品店だったものの、価格に対する分かりやすい価値を打ち出す姿勢は、赤札堂というブランドの歴史を語るうえで重要な要素になっています。
創業年と会社の法人化は分けて考える
赤札堂の公式会社概要では、設立年を1917年としています。これは同社が創業から続く歴史を企業情報として示しているものです。一方、長い企業史では、事業の創業、法人の設立、商号の変更、事業部門の独立といった出来事が別々に発生します。
そのため、1917年を現在のスーパー事業の開始年とだけ捉えるのも、現在の法人名が創業当初から一貫して使われていたと考えるのも正確ではありません。創業時の洋品店を出発点に、事業形態を変えながら現在に至った企業として見ることが大切です。
【歴史と経緯】1964年のAマート、上野店増築、モンマート設立
赤札堂の歴史における大きな転換点が、1964年(昭和39年)です。この年、同社は食品スーパー事業への展開を進める一方、上野の大型店舗を拡張し、衣料品部門の再編にも取り組みました。
会社の沿革情報やABAB UENOの公式歴史資料を整理すると、赤札堂が一つの業態にとどまらず、複数の販売分野を組み合わせながら事業を広げていった過程が分かります。
| 時期 | 出来事 | 歴史的な意味 |
|---|---|---|
| 1917年10月28日 | 門前仲町で赤札堂洋品店を創業 | 小泉清一・つね夫妻による衣料品小売の出発点 |
| 1945年10月28日 | 上野で赤札堂の店舗を再興・開業 | 戦後の上野における店舗展開の始まり |
| 1964年5月1日 | Aマート1号店として深川店を開業 | 食品スーパー事業を本格的に広げる転機 |
| 1964年10月 | 上野店の増築工事が完成 | 売り場を大幅に拡張し、大型商業施設としての規模を拡大 |
| 1964年10月 | 呉服・子供服部門を独立させ、株式会社モンマートの営業を開始 | 衣料品部門を分け、事業を再編 |
| 1970年 | 上野店をファッションストア「ABAB」へ転換 | 若者向けファッションを中心とする業態へ移行 |
| 2014年 | ABAB UENOの地下に食品スーパー「赤札堂」が出店 | ファッション施設と食品スーパーのブランドが上野で再び共存 |
| 2024年6月30日 | ABAB UENOが営業終了 | 上野のファッションビルとしての歴史に幕。食品スーパー事業とは区別が必要 |
Aマート深川店は食品スーパー事業の節目
1964年5月1日、赤札堂は「Aマート」1号店として深川店を開店しました。1917年に洋品店として始まった企業が、日々の食生活を支える食品小売へと事業を広げた重要な出来事です。
現在も深川店は赤札堂の店舗一覧に掲載されています。創業地に近い門前仲町で営業する店舗が、食品スーパー事業の現行店舗として残っている点は、赤札堂の歴史を理解するうえで象徴的です。
上野店の増築とモンマート設立が示すもの
1964年10月には上野店の増築工事が完成し、店舗の規模が大幅に拡張されました。ABAB UENOの公式沿革では、同年に地上8階・地下2階のビルが全館落成したと記録されています。上野での店舗展開は、衣料品を中心とする大型小売業への発展につながりました。
同じ月には、呉服・子供服部門を独立させて株式会社モンマートが営業を開始しています。食品スーパーの展開と、衣料品部門の拡張・再編が並行していたことになります。これは単に店舗数を増やしたという話ではなく、異なる商品分野をそれぞれの事業として運営する方向へ進んだことを示す動きです。
その後、1970年には上野店の名称を「ABAB」に変更し、ファッションストアへと業態転換しました。赤札堂の歴史には、食品スーパーの拡大と、衣料品を中心とする商業施設の変化という二つの流れが存在していたのです。

【2026年最新】赤札堂スーパーの現在と7店舗の展開
2026年現在、株式会社アブアブ赤札堂の主力事業は食品スーパーマーケット「赤札堂」です。同社の公式店舗一覧には、東京都内の7店舗が掲載されています。江東区を中心に、葛飾区、荒川区、文京区、豊島区へと店舗を配置しているのが特徴です。
公式店舗一覧に掲載されている店舗は次のとおりです。
- 江東区:深川店、清澄店、砂町店
- 葛飾区:堀切店
- 荒川区:町屋店
- 文京区:根津店
- 豊島区:池袋店
各店舗の営業時間や売り場構成は同じではありません。例えば深川店は複数階に売り場を設け、池袋店は翌朝5時までの営業時間を掲げています。利用する際は、店舗ごとの最新情報を確認するのが確実です。
赤札堂の事業内容は「地域密着型」の食品小売
赤札堂の公式会社概要では、地域密着型の店舗展開を掲げています。また、エン転職に掲載された同社の採用情報では、店舗ごとに商品を仕入れ、顧客の要望に対応する点が紹介されています。
こうした運営方式は、全国に大量出店する大規模チェーンとは異なる特徴を持ちます。特定の地域に店舗を集中させることで、日常的に利用する顧客との接点を持ちやすくし、地域ごとの需要に対応する余地を確保する考え方です。
もちろん、店舗数が限られていることだけで、価格や品ぞろえが他社より優れていると断定することはできません。実際に利用する際は、食品の価格、鮮度、営業時間、駅からのアクセス、普段購入する商品の取り扱いなどを比較することが重要です。
2026年に会社概要を調べる際の注意点
企業情報を調べる場合、公式サイトに掲載されている数字と、採用サイトなどに掲載されている数字が一致しないことがあります。アブアブ赤札堂の場合も、公式会社概要には2023年2月実績の売上高140億円、従業員670人という数値がある一方、採用企業情報には2025年2月期の売上高120億円、2025年12月時点の従業員500人という数値があります。
売上高や従業員数は、対象年度、雇用形態、集計範囲、情報の更新時期によって変わります。数字の違いだけを根拠に、急成長や経営悪化を判断することはできません。2026年の会社概要を確認するなら、店舗一覧、会社の所在地、代表者、各数値の基準日を分けて読むのが適切です。
【小泉グループとの関係】東天紅と赤札堂はどうつながる?
アブアブ赤札堂を調べる際、もう一つの重要なキーワードが「小泉グループ」です。赤札堂は、中国料理店などを運営する株式会社東天紅と並び、小泉グループの中核企業として知られています。
小泉グループは、食品小売だけでなく、外食やレジャーなど複数の分野に関連企業を持つ企業グループです。グループ各社の事業内容や東天紅の会社情報、過去の有価証券報告書などからも、赤札堂と東天紅が小泉グループを通じて結び付いていることが分かります。
東天紅との関係は「同じグループ」という理解が基本
東天紅は中国料理を中心とする外食事業を手掛ける企業で、赤札堂は食品スーパーを運営する小売企業です。両社は業種が異なりますが、代表取締役社長には小泉和久氏の名前が掲載されており、経営面でも共通点があります。
ただし、ここで押さえておきたいのは、赤札堂と東天紅がそれぞれ異なる事業を営む会社だという点です。赤札堂が東天紅のレストラン事業を運営しているわけでも、食品スーパーそのものが東天紅というブランドに統合されているわけでもありません。両社の関係を説明する際は、同じ小泉グループに属する企業同士であることと、それぞれの事業主体が異なることを区別する必要があります。
小泉清一による創業と、現在の経営体制は別の時代
赤札堂の創業者として知られるのは小泉清一・つね夫妻です。一方、現在の会社概要に記載されている代表者は小泉和久氏です。創業時の人物と現在の経営責任者は、企業史の異なる時点に位置しています。
小泉グループとの関係を調べるときは、創業者の名前だけでなく、現在の会社概要や各社の公式情報を確認することが大切です。創業の歴史、グループ内の位置付け、各社の事業内容を分けて整理すると、企業同士の関係をより正確に理解できます。

【誤解を整理】ABAB UENOの閉店で赤札堂もなくなったのか
アブアブ赤札堂の現在を語るうえで、避けて通れないのがABAB UENOの閉店です。上野のファッションビルとして長年親しまれた同店は、2024年6月30日をもって営業を終了しました。
ABAB UENOの公式閉店案内では、建物の老朽化への対応や耐震措置などを理由に挙げています。同店は1945年10月28日に上野で開業し、当初は赤札堂として営業していました。1964年には大型ビルが完成し、1970年にファッションストア「ABAB」へと業態転換しています。
その後、ティーンズ向けファッションを中心に売り場を展開し、雑貨や飲食、娯楽なども取り入れながら、上野の商業施設として歴史を重ねました。公式沿革には、1990年代のファッションブランドの集積や、2022年のカプセルトイ・プリクラ関連施設の展開、2023年のイマーシブシアターやアートスペースの開設なども記録されています。
こうした変化は、ABABが単なる衣料品売り場ではなく、時代ごとの消費者の関心に合わせて業態を変えてきたことを示しています。一方、建物の老朽化と耐震対応を理由とする閉店によって、上野のABABという商業施設の歴史は一区切りを迎えました。
閉店したのはABAB UENOという店舗
重要なのは、2024年に営業を終了したのが上野のファッションビル「ABAB UENO」だという点です。株式会社アブアブ赤札堂そのものが同時に消滅したわけではありません。
2026年現在、赤札堂の公式店舗一覧には深川店、清澄店、砂町店、堀切店、町屋店、根津店、池袋店の7店舗が掲載されています。したがって、「ABABが閉店したから赤札堂も全店閉店した」という理解は誤りです。
また、ABAB UENOの閉店と、赤札堂の食品スーパー事業の動向は分けて考える必要があります。上野店の歴史を調べる際はABABの公式沿革、現在利用できる食品スーパーを探す際は赤札堂の公式店舗一覧を見ると、必要な情報を整理しやすくなります。
【アブアブ赤札堂】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:アブアブ赤札堂と赤札堂は同じ会社ですか?
A1:株式会社アブアブ赤札堂が運営する食品スーパーマーケットのブランド名が「赤札堂」です。「アブアブ」は、同社が上野で展開していたファッションビル「ABAB UENO」の歴史と結び付いた社名の一部です。
Q2:赤札堂はいつ、どこで創業したのですか?
A2:1917年(大正6年)10月28日、東京市深川区、現在の東京都江東区門前仲町で、小泉清一・つね夫妻が赤札堂洋品店を開いたことが始まりとされています。創業当初は食品スーパーではなく、衣料品を扱う洋品店でした。
Q3:2026年現在、赤札堂は何店舗ありますか?
A3:赤札堂の公式店舗一覧では、東京都内に7店舗が掲載されています。江東区の深川店・清澄店・砂町店、葛飾区の堀切店、荒川区の町屋店、文京区の根津店、豊島区の池袋店です。営業時間や売り場の構成は店舗によって異なります。
【プロの結論】まとめ:2026年の赤札堂を理解するための判断基準
アブアブ赤札堂の歴史は、1917年に門前仲町で始まった洋品店が、食品スーパー、大型衣料品店、ファッションビルなどへ事業を広げてきた歴史です。1964年のAマート深川店の開業、上野店の増築、モンマートの営業開始は、その変化を象徴する出来事でした。
一方、ABAB UENOは2024年6月30日に閉店しましたが、食品スーパー「赤札堂」の事業は続いています。2026年現在の公式店舗一覧には東京都内7店舗が掲載されており、現在の赤札堂を調べる際には、過去のファッションビルの情報と食品スーパーの営業情報を混同しないことが重要です。
企業としての関係を理解するなら、創業者の小泉清一・つね夫妻、現在の代表者である小泉和久氏、小泉グループ、東天紅という四つの要素を整理すると全体像が見えやすくなります。赤札堂と東天紅は同じグループに属しますが、食品小売と外食という異なる事業を担っています。
最も重要なのは、創業の歴史、現在の会社概要、実際に営業している店舗を分けて確認することです。「アブアブ赤札堂」という名称には、100年以上にわたる小売事業の変遷と、上野のファッション文化の記憶が重なっています。過去のABABを知ることは企業の歴史を理解する手掛かりになりますが、現在の赤札堂を知るには、食品スーパーの事業内容と公式店舗情報を基準にするのが確実です。 (出典: アブアブ 赤札 堂(Yahoo!ニュース))