永尾まりやのAKB48時代から現在まで!卒業理由と2026年の活動を徹底解説
元AKB48の永尾まりやさんは、2009年に9期生としてグループに加入し、チーム4、AKB48 Team Kでの活動を経て、2016年に卒業しました。愛称「まりやぎ」で親しまれ、選抜総選挙での躍進やグラビア、女優業への挑戦など、アイドル時代から幅広い分野で存在感を発揮してきた人物です。
2026年は、ABEMAの恋愛リアリティーショー『ラブパワーキングダム2』への出演でも話題になりました。AKB48卒業の理由は何だったのか、卒業公演はいつ行われたのか、そして現在はどのような活動をしているのか。本人のインタビュー、AKB48の公式発表、所属事務所のプロフィール、番組の公式発表をもとに、永尾まりやさんの経歴と活動の変遷を整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- AKB48加入:2009年に9期生として加入。島崎遥香さん、横山由依さん、大場美奈さんらと同じ世代で活動した。
- 卒業の経緯:2015年12月7日に卒業を発表し、2016年3月19日に卒業公演を開催。5月1日にAKB48としての活動を終了した。
- 2026年の活動:俳優・モデル・タレントとして活動を続け、『ラブパワーキングダム2』への出演で新たな一面を見せた。
【永尾まりやのAKB48時代】2009年の9期生加入からTeam Kまで
永尾まりやさんは1994年3月10日生まれ、神奈川県出身です。AKB48に加入したのは2009年。秋元康さんがプロデュースする同グループの9期生オーディションに合格し、芸能活動をスタートさせました。
2022年の「週刊プレイボーイ」のインタビューでは、もともと自分から強くアイドルを志望していたわけではなく、兄がオーディションに応募したことがきっかけだったと振り返っています。最初から芸能界を目指していたというより、思いがけない機会からアイドルとしてのキャリアが始まった人物です。
同期には、島崎遥香さん、横山由依さん、大場美奈さんらがいました。AKB48の9期生は、その後のグループを支えるメンバーを多く輩出した世代として知られています。一方で、同じ期に所属していても、個々のメンバーが歩んだ道は異なりました。
永尾さんは加入当初、歌やダンスに苦労したことも同インタビューで明かしています。特に、劇場でのパフォーマンスについては、自分の実力不足を痛感する場面があったといいます。それでも、公演後の握手会でファンから支持を得た経験が、活動を続ける支えになりました。
2011年にはチーム4のメンバーとなり、2012年の組閣を経てチームKへ移籍。大島優子さんがキャプテンを務めていた時期には、先輩メンバーのポジションを担当する機会もありました。劇場公演で経験を積みながら、モデルや女優の仕事にも活動の幅を広げていきます。
「まりやぎ」という愛称にも、ファンとの交流が関係しています。永尾さんはインタビューで、ファン向けのモバイルメールのタイトルに「まりやぎさんからの手紙」と付けていたことが、愛称の由来になったと説明しています。ファンとの距離を縮める工夫が、現在まで続く呼び名につながりました。

【経歴年表】永尾まりやのAKB48時代から卒業まで
永尾まりやさんの歩みを理解するうえでは、加入、チーム移籍、選抜総選挙、卒業発表という節目を時系列で見ると分かりやすくなります。AKB48公式情報や本人のインタビューをもとに、主要な出来事をまとめました。
| 時期 | 主な出来事 | 注目ポイント |
|---|---|---|
| 2009年 | AKB48の9期生として加入 | 島崎遥香さん、横山由依さん、大場美奈さんらと同世代 |
| 2011年 | チーム4のメンバーとして活動 | 劇場公演を中心に経験を積む |
| 2012年 | チームKへ移籍、選抜総選挙39位 | 初の総選挙ランクイン |
| 2013年 | 選抜総選挙35位 | 自身の総選挙最高順位を記録 |
| 2014~2015年 | 総選挙65位、69位 | モデルなど個人の仕事も広がる |
| 2015年12月7日 | AKB48からの卒業を発表 | チームK公演で発表 |
| 2016年1月21日 | 卒業コンサートを開催 | 高城亜樹さんと合同開催 |
| 2016年3月19日 | AKB48劇場で卒業公演 | 劇場での活動に区切り |
| 2016年5月1日 | AKB48としての活動を終了 | 以降は卒業後の芸能活動へ |
この年表から分かるのは、永尾さんが突然芸能活動を始めたのではなく、AKB48での活動と並行して、少しずつ個人の仕事を増やしていたことです。グループ内での立ち位置と、卒業後に目指す仕事との間で、自身のキャリアを考える時間が長く続いていました。
【選抜総選挙】永尾まりやの順位と「まりやぎ」の存在感
永尾まりやさんのAKB48時代を語るうえで欠かせないのが、ファン投票によって順位が決まる選抜総選挙です。AKB48公式の選挙記録によると、永尾さんは2012年に39位、2013年に35位となり、2014年は65位、2015年は69位でした。
2012年の初ランクインから翌年にかけて順位を上げた一方、その後は順位を落としています。本人も「週刊プレイボーイ」のインタビューで、2014年の順位低下はショックだったと振り返りました。ファンの気持ちが離れてしまったのではないかと感じたことも、当時の心境として語っています。
ただし、総選挙の順位だけで永尾さんのAKB48時代を評価するのは適切ではありません。2013年の31stシングル「さよならクロール」では32人選抜の一人として参加しており、総選挙の順位に基づく16人選抜とは別の形でも活動実績を残しています。
また、永尾さんはチームKでの公演やファンとの交流にも力を注いでいました。2012年以降は、大島優子さんや板野友美さんのポジションを担当する機会もあり、ステージ上で経験を重ねています。
ここで押さえておきたいのは、AKB48における「人気」には複数の評価軸があったことです。総選挙の順位、シングルの選抜、劇場公演、握手会での支持、個人仕事の広がりは、それぞれ異なる側面を示します。永尾さんは、総選挙で最高35位を記録しながら、モデルや女優としてのキャリアも築いていきました。

【卒業理由】永尾まりやはなぜAKB48を辞めたのか
永尾まりやさんが卒業を発表したのは、2015年12月7日。AKB48劇場で行われたチームK公演で、グループを卒業する意思を明らかにしました。当時の日刊スポーツの報道では、先輩の卒業が続き、自分もいつの間にか先輩になって居心地がよくなったことから、もう一度自分に厳しくやっていこうと考えた趣旨を説明しています。
卒業理由をより詳しく知る手掛かりになるのが、2022年の「週刊プレイボーイ」の本人インタビューです。永尾さんは、卒業を発表する1年以上前から考え始めていたと明かしました。2014年の総選挙順位の低下にショックを受けたことに加え、モデルなど個人の仕事が増え、劇場公演を休む機会も増えていたと振り返っています。
本人が特に気にしていたのは、個人の仕事とグループ活動を両立する難しさでした。新しい劇場公演が始まる際には、事前に多くのレッスンが必要です。しかし、仕事の都合でレッスンに参加できないことがあり、今後はメンバーにさらに負担をかけてしまうのではないかと考え、卒業を決意したと説明しています。
つまり、永尾まりやさんの卒業理由は、総選挙の順位だけではありません。グループ内での立ち位置への悩み、個人の仕事の増加、劇場公演との両立、そしてメンバーに迷惑をかけたくないという思いが重なっていました。
卒業は、AKB48での活動を否定する選択ではなく、自分の仕事の軸を切り替える決断だったと考えられます。実際、卒業後も芸能活動を続け、女優、モデル、グラビア、タレントと活動領域を広げていきました。
【卒業公演】2016年3月19日に劇場で迎えた節目
AKB48公式サイトは2016年3月2日、永尾まりやさんの卒業公演を同年3月19日にAKB48劇場で開催すると発表しました。それに先立つ1月21日には、東京ドームシティホールで高城亜樹さんとの卒業コンサートも行われています。
卒業コンサートと卒業公演は、同じものではありません。卒業コンサートは大きな会場で行われた節目のステージであり、卒業公演はAKB48劇場での公演です。永尾さんの場合、劇場での卒業公演を終えた後も握手会への参加などが残っており、AKB48としての活動終了日は2016年5月1日でした。
卒業後の進路については、卒業発表の時点で芸能活動を続ける意向が報じられていました。AKB48を離れること自体が引退を意味していたわけではありません。
「週刊プレイボーイ」のインタビューでは、卒業を相談した際、秋元康さんから卒業コンサートと写真集の話をもらったことも振り返っています。写真集の刊行は以前からの目標だったといい、2016年3月にはファースト写真集『美しい細胞』が発売されました。
卒業公演は、永尾さんのアイドル時代を締めくくる節目であると同時に、次の仕事へ移るための区切りでもありました。グループで培った知名度や経験を、卒業後の芸能活動につなげていく流れがここから本格化します。

【卒業後の活動】女優・モデル・写真集・プロデュース業へ
AKB48卒業後の永尾まりやさんは、女優やモデル、タレントとして活動を継続しました。所属事務所のプロフィールには、テレビドラマや映画、バラエティー番組などの出演歴が掲載されています。アイドルとしての活動経験を生かしながら、演技やグラビアなど、異なる分野でキャリアを積んできました。
女優業では、ドラマや映画への出演を重ねています。2025年には、ドラマ『グラぱらっ!』への出演が所属事務所の公式ニュースで案内されました。同作と連動したデジタル写真集『みおの休日』も講談社から発売されており、映像作品とグラビアを組み合わせた展開が見られます。
写真集も、永尾さんの卒業後のキャリアを語る重要な要素です。2016年のファースト写真集『美しい細胞』に続き、2017年には『マブイ!まりや』、2023年には5冊目の写真集『Capricious』を刊行。2025年には『まりやぎツーリズム』などの写真集展開も紹介されました。
こうした実績は、AKB48時代の知名度を保つだけでなく、グラビアや映像作品を通じて新しいファン層に接点を作ってきたことを示しています。アイドル卒業後に活動の幅を狭めるのではなく、写真集、ドラマ、バラエティーなどを横断して仕事を続けている点が特徴です。
さらに、2025年時点の「週刊プレイボーイ」のプロフィールでは、永尾さんはアイドルグループ「かぷ♡ちゅーる」のプロデュースにも携わる人物として紹介されています。自ら出演する仕事に加え、アイドルをプロデュースする側へも活動領域を広げていることは、AKB48での経験を別の形で生かす動きとして注目できます。
2026年時点のアービング公式プロフィールには、永尾さんの基本プロフィールと出演歴が掲載され、業務提携先として「mama」と記されています。公式プロフィールで確認できる範囲でも、卒業後の活動が一時的なものではなく、長期的に続いていることが分かります。
【2026年最新】『ラブパワーキングダム2』で見せた新しい一面
2026年の永尾まりやさんを語るうえで大きな話題となったのが、ABEMAの恋愛リアリティーショー『ラブパワーキングダム2』への出演です。所属事務所は2026年1月27日に出演情報を告知し、ABEMAは2月11日から番組の配信を開始しました。
同番組は、恋愛に自信を持つ男女16人が、モテ度をめぐるランキングや駆け引きに挑み、男女それぞれのナンバーワンを目指す全8話の企画です。舞台は地中海の島国マルタ。永尾さんは「まりや」の名前で女性参加者の一人として出演しました。
番組の公式発表にあわせて公開されたインタビューでは、永尾さんは恋愛におけるコミュニケーションについても語っています。印象に残してほしい言葉を伝える際には、あえて間を作り、相手の目を見ながらゆっくり、はっきり話すことを心掛けていると説明しました。
また、番組でのモテバトルについて、ABEMAのインタビューではAKB48の選抜総選挙よりも過酷でつらかったという趣旨の感想を明かしています。かつてはファン投票によって順位が決まる世界を経験し、卒業後は恋愛リアリティーショーで参加者同士の駆け引きやランキングに向き合うことになりました。
両者は、評価される仕組みも目的も異なります。選抜総選挙はアイドルとしての支持を示すものである一方、『ラブパワーキングダム2』は恋愛やコミュニケーションを題材とする番組です。それでも、他者からの評価が可視化される環境で自分の立ち位置を問われるという点では、永尾さんの過去の経験と現在の出演がつながって見えます。
2026年の出演は、AKB48時代の「まりやぎ」というイメージだけでは捉えきれない、現在の永尾さんの姿を知るきっかけになりました。女優・モデルとしての活動に加え、恋愛リアリティーショーで本人の考え方やコミュニケーションの特徴に触れられることが、卒業から約10年を経た現在の見どころです。
【akb 永尾まりや】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:永尾まりやはAKB48をいつ卒業しましたか?
A1:2015年12月7日に卒業を発表し、2016年3月19日にAKB48劇場で卒業公演を行いました。AKB48としての活動は2016年5月1日に終了しています。
Q2:永尾まりやの卒業理由は何ですか?
A2:本人のインタビューによると、総選挙の順位低下へのショックに加え、モデルなど個人の仕事が増えて劇場公演のレッスンに参加しづらくなり、メンバーに負担をかけたくないと考えたことが、卒業を決めた理由の一つでした。
Q3:永尾まりやのAKB48選抜総選挙での最高順位は何位ですか?
A3:2013年の35位です。2012年には39位で初めてランクインし、2014年は65位、2015年は69位でした。
Q4:永尾まりやは2026年現在、何をしていますか?
A4:俳優・モデル・タレントとして活動を続けています。2026年にはABEMAの恋愛リアリティーショー『ラブパワーキングダム2』に出演しました。写真集やドラマへの出演、アイドルプロデュースなども卒業後の活動として知られています。
Q5:「まりやぎ」という愛称の由来は何ですか?
A5:本人のインタビューでは、ファン向けのモバイルメールで使っていた「まりやぎさんからの手紙」というタイトルが愛称の由来になったと説明されています。
まとめ:【プロの結論】永尾まりやはAKB48卒業後もキャリアを広げ続けている
永尾まりやさんの経歴を振り返ると、2009年の9期生加入から2016年の卒業まで、AKB48の中で経験を積みながら、個人の仕事を少しずつ増やしてきたことが分かります。選抜総選挙では2013年に35位を記録し、チーム4やAKB48 Team Kでの活動を経て、卒業後は女優、モデル、グラビア、タレントへと活動の幅を広げました。
卒業理由についても、単純に人気や順位だけで説明することはできません。本人の証言からは、個人仕事の増加と劇場公演との両立、メンバーへの配慮、グループ内での自分の役割への悩みなど、複数の要素が重なっていたことが読み取れます。
そして2026年には、『ラブパワーキングダム2』への出演によって、AKB48時代とは異なる場面で自分の魅力を伝える機会を得ました。写真集やドラマ、プロデュース業も含め、永尾さんのキャリアはアイドル卒業で終わったわけではありません。
永尾まりやさんを知る際の判断基準は、AKB48時代の総選挙順位や選抜歴だけに注目しないことです。劇場公演での経験、ファンとの関係、卒業を決めた背景、卒業後の作品や出演番組まで追うことで、活動の変遷がより立体的に見えてきます。今後も、これまでに培った経験をどのような仕事へつなげていくのかが注目されます。 (出典: akb 永尾 まりや(Yahoo!ニュース))