泉房穂はなぜ明石市長を辞めた?2019年辞職・2023年退任と2026年の現在を徹底解説
兵庫県明石市の市長を12年間務めた泉房穂氏は、なぜ市長を辞めたのでしょうか。理由を調べると、2019年に職員への暴言問題で辞職した経緯と、2022年に市議らへの不適切な発言で問責決議を受け、2023年4月の任期満了をもって退任した経緯が出てきます。この2つは、同じ「辞めた」という言葉でまとめると誤解が生じる、別々の出来事です。
さらに、2022年には政治家引退を表明した泉氏ですが、その後は発信活動を続け、2025年の参議院議員選挙で当選。2026年10月には、実業家のひろゆき氏と連携する政治団体「ひろゆき&いずみ新党(仮)」の活動も進めています。明石市政での実績、暴言問題、引退表明の撤回、現在の活動までを時系列で整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 2019年の辞職:道路拡幅事業をめぐる職員への暴言が問題となり、泉氏は責任を取って市長を辞職した。
- 2023年の退任:2022年の市議らへの暴言と問責決議を受け、任期満了で政治家を引退すると表明したが、後に方針を変えた。
- 2026年の現在:参議院議員として活動し、ひろゆき氏とともに2027年の統一地方選挙を見据えた首長候補者の支援に取り組んでいる。
【結論】泉房穂はなぜ明石市長を辞めたのか?理由は2つの暴言問題と任期満了
泉房穂氏が明石市長を辞めた経緯を理解するには、2019年の「辞職」と2023年の「退任」を区別することが重要です。
2019年は、過去に市職員へ発した暴言の音声が報道され、泉氏が責任を認めて自ら辞職を表明しました。その後、出直し市長選挙で再選されています。つまり、最初の辞職は任期途中に起きたものでした。
一方、2022年には、市議会の問責決議をめぐって市議らに威圧的な発言をしたことが問題となりました。泉氏は暴言を認めて謝罪し、2023年4月の任期満了をもって政治家を引退すると表明します。ただし、このときは直ちに市長職を辞めたわけではありません。
2023年4月末、泉氏は12年間務めた市長職を離れました。明石市の広報紙「広報あかし」2023年4月15日号でも、泉氏は12年間の市政運営を振り返り、子育て施策などを全国に広げる活動に取り組む意向を示しています。
したがって、「暴言問題で市長を辞めた」という説明は2019年の辞職については当てはまりますが、2023年の退任については、2022年の暴言問題を受けた引退表明と任期満了を分けて考える必要があります。

【時系列】2019年の職員への暴言から2023年4月の退任まで
泉氏の市長退任をめぐる経緯は、2019年と2022年の2つの暴言問題を軸に整理すると理解しやすくなります。報道各社の記録と明石市議会の公表資料をもとに、主要な出来事をまとめました。
| 時期 | 出来事 | 意味・その後の動き |
|---|---|---|
| 2017年6月ごろ | 道路拡幅事業の進捗をめぐり、市職員に暴言を発したとされる出来事が起きる。 | 当時の発言が後に録音データとして報じられた。 |
| 2019年1〜2月 | 職員への暴言が報道され、泉氏が辞職を表明。 | リーダーとしての資質に問題があると認め、責任を取る姿勢を示した。 |
| 2019年3月17日 | 出直し市長選挙で再選。 | 子育て支援などの市政実績も争点となり、泉氏は8万票を超える得票で当選した。 |
| 2019年4月21日 | 任期満了に伴う市長選挙が再び実施される。 | 辞職前の任期が4月末までだったため、通常の任期満了に伴う選挙も行われ、泉氏が当選した。 |
| 2022年10月8日 | 小学校の記念式典会場で、市議らや地域関係者に威圧的な発言をしたことが問題になる。 | 問責決議をめぐる対立が表面化し、議会との関係も改めて問題視された。 |
| 2022年10月12日 | 明石市議会が泉市長に対する問責決議を可決。 | 泉氏は暴言を認めて謝罪し、任期満了で政治家を引退すると表明した。 |
| 2023年4月30日 | 泉氏が市長職を退任。 | 12年間の市政運営に区切りをつけ、翌5月1日に丸谷聡子氏が第15代市長に就任した。 |
| 2025年7月 | 参議院議員選挙の兵庫選挙区で当選。 | 政治家引退の表明を撤回し、国政に復帰した。 |
| 2026年10月 | ひろゆき氏と連携する政治団体の活動を進める。 | 2027年春の統一地方選挙に向け、首長候補者の募集・支援を打ち出した。 |
2019年の出直し市長選挙については、テレビ朝日や日本テレビなどの報道が、泉氏の再選と8万票を超える得票を伝えています。暴言問題によって辞職した一方、市民から一定の支持を得て再び市長に選ばれたことは、泉氏の政治家としての特徴を示す出来事でした。
なお、2019年3月の出直し選挙と4月の選挙が続いたのは、最初の選挙で選ばれても、辞職前の任期がそのまま引き継がれる仕組みだったためです。選挙が2回あったこと自体が、別々の暴言問題を意味するわけではありません。
【暴言問題の真相】2019年と2022年は何が違ったのか
泉氏の退任理由を深く理解するには、2つの暴言問題を区別して見る必要があります。2019年は行政事業の進捗をめぐる職員への発言、2022年は議会や政治活動に関わる相手への威圧的な発言が中心でした。
2019年の職員への暴言は、道路拡幅事業の進捗に対する怒りが発端でした。関西テレビの報道によると、交通事故が多かった道路の拡幅計画では、建物の移転や用地買収などが課題となっていました。2017年ごろの発言を収録した音声が2019年1月に報じられ、泉氏が職員に「火をつけてこい」などと発言したことが明らかになりました。
泉氏は2019年2月、責任を取って辞職する意向を表明しました。当時の記者会見では、自身について「リーダーとしての資質を欠いているのは明らかだ」と述べています。辞職後には出直し市長選挙に立候補し、再選を果たしました。
この選挙では、暴言に対する批判だけでなく、子育て支援をはじめとする市政運営の実績も争点となりました。関西テレビの特集では、政策への評価から再出馬を望む市民がいた一方、暴言そのものを問題視する声も取り上げられています。泉氏への支持は、政策面での評価と、首長としての言動に対する評価が必ずしも一致しない点に特徴がありました。
2022年は、問責決議をめぐる市議会との対立が問題を深刻化させました。明石市議会の広報資料によると、10月8日の小学校の記念式典会場で、泉氏は地域関係者や市議らに対して威圧的な発言をしました。問責決議に賛成すれば許さない、選挙で落とすといった趣旨の発言も問題となり、議会で事実関係が問われました。
10月12日、市議会は泉氏への問責決議を賛成多数で可決しました。泉氏は暴言を認め、関係者と市民に謝罪したうえで、今回の責任を取って政治家を引退すると表明しています。
問責決議は、議会が政治的責任を問うためのものであり、それ自体に法的拘束力はありません。しかし、首長が議員に対し、議会での判断や選挙活動を理由に威圧的な発言をしたことは、政策論争とは別の問題です。議会制民主主義の下では、首長と議会が対立しても、相手の政治的判断を脅しによって左右しようとする行為は許容されません。
明石市議会の当時の資料では、問責決議の背景として、泉氏の不適切な言動が繰り返されてきたことや、議会との関係をめぐる問題も指摘されています。2022年の出来事は、単発の失言だけでなく、首長としての統治姿勢や議会との向き合い方が問われた局面でした。

【評判と政策実績】泉房穂はなぜ支持されたのか?子育て支援の実態
泉氏が暴言問題で批判を受けながらも選挙で支持を集めた背景には、明石市で進めた子育て支援や福祉施策があります。市長在任中の代表的な取り組みとして知られるのが、所得制限を設けずに子育て世帯の負担軽減を目指した「5つの無料化」です。
泉市政の代表策として挙げられるのは、子どもの医療費助成、中学校給食費の無償化、第2子以降の保育料無料化、公共施設の入場料無料化、0歳児へのおむつ定期便です。医療費助成は対象年齢の拡大などを経て、高校生世代までを対象とする制度へと広がりました。
これらの施策は、子育て世帯の経済的負担を軽減するだけでなく、子どもを中心に据えたまちづくりを打ち出すものでもありました。明石市の広報資料は、人口が30万人を超えたことや、子育て支援を軸にした市政の成果を紹介しています。2023年4月1日時点の市の公表人口は305,131人でした。
ただし、人口増加や出生率の変化を、子育て支援策だけの成果と断定することはできません。住宅事情、交通利便性、雇用環境、周辺自治体との人口移動など、複数の要因が関係するためです。また、施策の費用を評価する際には、市税だけでなく国・県の支出金や地方交付税など、財源の内訳も確認する必要があります。
政策への評価と、首長の言動への評価を分けて考えることも重要です。関西テレビが2022年の問題を報じた際には、市民から「市民のことはよく考えてくれた」という趣旨の評価が出る一方、暴言は許されないという意見も紹介されました。市議会側からも、政策面で成果があったことを認めながら、言動を容認することはできないという趣旨の指摘がありました。
つまり、泉氏の評判は「子育て支援を実行した改革派」という評価と、「強い言葉で職員や議会に接し、首長としての自制を欠いた」という批判が並存しています。政策の成果が大きいからといって、職員や議員への威圧的な言動が免責されるわけではありません。反対に、暴言問題だけを取り上げ、12年間の政策実績や市民生活への影響を一切評価しないのも、実態を十分に捉えた見方とはいえません。
【引退表明のその後】2026年の泉房穂は何をしている?
2022年10月、泉氏は「政治家を引退する」と表明しました。しかし、これはその後の政治活動が完全に終わったことを意味しません。市長退任後も、講演や執筆、テレビ・ラジオへの出演などを通じて、自身の政策や政治観を発信し続けました。
泉氏は2023年4月末に市長を退任し、同年5月1日には丸谷聡子氏が明石市長に就任しました。明石市の公式プロフィールによると、丸谷氏は第15代市長です。就任会見では、選挙期間中に掲げた泉市政の継承に触れ、子どもを核としたまちづくりや福祉施策を前に進める姿勢を示しました。
その後、泉氏は政治家引退の方針を変更します。2025年7月の参議院議員選挙では兵庫選挙区から立候補し、822,407票を獲得して当選しました。参議院の公式プロフィールでも、2025年の兵庫選挙区選出議員として記載されています。
2025年3月の関西テレビのインタビューでは、泉氏は政治家引退の表明を撤回したことについて、自らの言葉で説明しています。発言の趣旨は「自分がやらないと誰もやらない」というものでした。同時に、以前の発言と違うではないかと批判されるのは当然だとも認めています。引退表明を撤回した理由については、政治の現状に対する問題意識と、自ら政治の場で取り組む必要があるという判断が示されました。
2026年10月現在、泉氏は参議院議員として活動しています。参議院の公式プロフィールでは、会派は「立憲民主・無所属」と記載されています。また、泉氏の公式サイトには、国会での活動に加え、講演やメディア出演などの情報が掲載されています。
さらに、2026年10月21日には、泉氏と実業家のひろゆき氏が「ひろゆき&いずみ新党(仮)」のキックオフ説明会を開きました。テレビ朝日などの報道によると、両氏は2027年春の統一地方選挙に向けて、知事や市区町村長などの候補者を公募・支援する方針を示しています。
この取り組みでは、子どもの社会保険料負担の軽減、いじめ対策、公立学校への生理用品の常備などの政策を掲げ、候補者が公約を守れなかった場合に1,000万円を日本赤十字社に寄付する仕組みも打ち出しています。なお、2026年10月時点で報道されているのは、地方選挙に向けた政治団体としての活動です。国政政党として成立したという意味での「新党」と混同しないよう注意が必要です。
このように、泉氏の現在は、明石市長としての仕事を終えた後、国政と地方政治の両方に関わる段階へと移っています。2022年の引退表明と、その後の参院選出馬や政治団体の活動は、本人の政治家としての進路が変化してきたことを示しています。

【明石市長泉なぜやめた】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:泉房穂氏は2019年に本当に辞職したのですか?
A1:はい。職員への暴言問題を受け、2019年2月に辞職を表明しました。その後、3月17日の出直し市長選挙で再選され、4月の任期満了に伴う選挙でも当選しています。
Q2:2022年の問責決議で、泉氏はすぐに市長を辞めたのですか?
A2:いいえ。2022年10月12日に問責決議が可決された後、泉氏は任期満了時に政治家を引退すると表明しました。市長職を離れたのは2023年4月末です。
Q3:泉房穂氏は政治家を引退したのではないのですか?
A3:2022年には引退を表明しましたが、その後に方針を変更しました。2025年7月の参議院議員選挙で当選し、2026年10月現在も参議院議員として活動しています。
Q4:泉氏の子育て支援策は、すべて明石市独自の財源で実施されたのですか?
A4:すべてが市税だけで賄われたわけではありません。子育て施策の財源には、国や県の支出金、地方交付税なども関係します。政策の成果を検証する際は、利用者への効果だけでなく、財源の構成や将来の負担も確認することが大切です。
Q5:現在の明石市長は誰ですか?
A5:丸谷聡子氏です。2023年4月の市長選挙で初当選し、同年5月1日に第15代市長として就任しました。泉氏の退任後は、子どもを核としたまちづくりや福祉施策の継承・発展を掲げて市政を運営しています。
まとめ:泉房穂の退任理由は、暴言問題と任期満了を分けて考えることが重要
泉房穂氏が明石市長を辞めた理由を整理すると、2019年は職員への暴言問題による辞職、2023年は2022年の市議らへの暴言と問責決議を受けた引退表明、そして任期満了による退任という流れになります。2つの出来事を同じものとして扱うと、退任の経緯を正しく理解できません。
また、泉氏の市政は、子育て支援や福祉施策を通じて評価された一方、職員や議会に対する言動が繰り返し問題になりました。政策の成果と、権力を持つ立場の人間に求められる説明責任や自制は、別々の基準で評価する必要があります。
2026年現在の泉氏は、参議院議員として国政に携わりながら、ひろゆき氏と連携した政治団体の活動にも取り組んでいます。2022年の引退表明は最終的な政治活動の終了にはつながりませんでした。今後の活動を評価する際には、掲げる政策だけでなく、約束を実行できるか、議会や関係者とどのように向き合うか、説明責任を果たせるかという点にも注目する必要があります。 (出典: 明石市長 泉 なぜやめた(Yahoo!ニュース))