ぬかるみの世界とは?放送期間・最終回・語録と人気の理由、追悼特番を徹底解説
「ぬかるみの世界」は、笑福亭鶴瓶と放送作家の新野新が出演し、ラジオ大阪(OBC)で放送された伝説的な深夜ラジオ番組です。放送開始日は1978年4月9日、最終回は1989年10月1日。約11年半にわたり、2人の遠慮のない掛け合いとリスナーからの投稿を軸に、熱狂的な支持を集めました。
番組終了から長い年月がたった2025年には、新野新さんが90歳で亡くなり、同年12月21日深夜には追悼特番「新野新さんを偲ぶ 鶴瓶ひとりのぬかるみの世界」が放送されました。2026年現在、番組の歴史や語録、リスナーが「ぬかる民」と呼ばれた背景、radikoのタイムフリーで聴けるのかという疑問まで、公式発表や当時を振り返る報道をもとに整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 放送期間:1978年4月9日から1989年10月1日まで。ラジオ大阪で11年半にわたって放送された深夜番組です。
- 人気の理由:笑福亭鶴瓶と新野新の年齢差のある掛け合い、リスナー投稿から広がる議論、「ぬかる民」と呼ばれる濃密なファン文化が特徴でした。
- 追悼特番:2025年12月21日深夜に「鶴瓶ひとりのぬかるみの世界」が放送されました。通常のradikoタイムフリーの最長30日間という聴取期間は、2026年10月時点では終了しています。
【ぬかるみの世界とは】笑福亭鶴瓶と新野新が生み出した深夜ラジオの魅力
「鶴瓶・新野のぬかるみの世界」は、落語家の笑福亭鶴瓶と放送作家の新野新がパーソナリティーを務めた、ラジオ大阪制作の深夜番組です。日曜日の深夜に放送され、2人の日常的な会話や率直な意見のぶつかり合いを中心に展開しました。
一般的なラジオ番組では、パーソナリティーが用意された企画を進行し、ゲストやリスナーの投稿を紹介します。一方、「ぬかるみの世界」では、何気ない話題から思いがけない議論に発展することが大きな魅力でした。おじさんの生き方や男女の感覚、食べ物の話など、身近なテーマが番組全体を巻き込む話題へと広がっていったのです。
番組を聴く人々は「ぬかる民(ぬかるみん)」と呼ばれました。単に放送を聴くファンというだけでなく、はがきや封書で意見を送り、番組内の議論に参加する存在です。ラジオ大阪の公式告知でも、リスナーの投稿から「おじん&おばん」や「おにぎり談義」といった話題が生まれたことが紹介されています。
番組名の「ぬかるみ」は、いったんはまり込むと抜け出せない場所を連想させます。番組を知れば知るほど、出演者の会話やリスナー同士の連帯感に引き込まれていく。その感覚が、番組名とファン文化の両方に重なっていました。

【放送期間・開始日・最終回】1978年から1989年までの歩み
「ぬかるみの世界」の放送開始日は1978年4月9日、放送終了日は1989年10月1日です。ラジオ大阪の番組紹介や、番組の歴史を振り返る報道でも、1978年4月から1989年10月までの約11年半という放送期間が確認できます。
番組を企画した当時のディレクター・岩本重義氏は、2019年のデイリースポーツの取材で、番組開始当初はスポンサーが付かず、局内での評判も良くなかったと振り返っています。その後、番組を愛聴していた千房の社長がスポンサーになったという経緯も語られました。
放送開始当初から大きな人気が保証されていたわけではありません。自由な会話を中心とする番組が、リスナーの熱意によって支持を広げ、長寿番組へと成長していった点に、この番組の特徴があります。
主な出来事を時系列で整理すると、次のとおりです。
| 時期・日付 | 出来事 | 注目ポイント |
|---|---|---|
| 1978年4月9日 | 放送開始 | 笑福亭鶴瓶と新野新による日曜深夜の番組がスタート。 |
| 1978年末 | 甲斐よしひろが出演 | 甲斐バンドの甲斐よしひろと新野新の口論が、後年まで語られるエピソードに。 |
| 放送期間中 | 「ぬかる民」の広がり | リスナーの投稿を軸に議論が展開し、イベントや番組本にも関心が集まった。 |
| 1989年10月1日 | 最終回・放送終了 | 約11年半のレギュラー放送に幕を下ろす。 |
| 2025年9月25日 | 新野新さんが死去 | 90歳で逝去。鶴瓶との番組での共演が改めて振り返られた。 |
| 2025年12月21日深夜 | 追悼特番を放送 | 「新野新さんを偲ぶ 鶴瓶ひとりのぬかるみの世界」がラジオ大阪で放送された。 |
最終回をめぐっては、2019年のデイリースポーツの取材で、岩本氏が終了は局の上層部による一方的な判断ではなく、鶴瓶と新野の2人が決めたことだと説明しています。放送終了後、ラジオ大阪の玄関には約50人のリスナーが集まっていたとも証言しました。
このエピソードは、番組の終了が単なる番組改編ではなく、出演者とリスナー双方にとって大きな節目だったことを伝えています。
【人気の理由と評判】なぜ「ぬかるみの世界」は熱狂的に支持されたのか
「ぬかるみの世界」の人気を考えるうえで重要なのは、笑福亭鶴瓶と新野新の個性の違い、投稿を通じた双方向性、そしてリスナーが番組の一部になれる仕組みです。
1.16歳差の2人が繰り広げる遠慮のない掛け合い
2025年10月5日放送のニッポン放送「笑福亭鶴瓶 日曜日のそれ」の放送後記によると、鶴瓶と新野は16歳差でした。年齢も立場も異なる2人が、時には激しく言い合う様子が番組の面白さとして受け止められていました。
新野は放送作家としての視点を持ち、鶴瓶は落語家として培った話術と反応の速さを持つ人物です。2人が互いに相手を持ち上げるだけではなく、違和感や不満を口にすることで、会話に予測できない展開が生まれました。
鶴瓶は同番組の放送後記で、当時の新野に対して厳しい言葉をぶつけたことを振り返り、今になって反省する気持ちも語っています。こうした回顧からも、2人の関係が単なる台本上の掛け合いではなかったことがうかがえます。
2.毎週300~500通とも報じられたリスナーからの手紙
デイリースポーツの2019年の取材記事では、番組には毎週300~500通のはがきや封書が届いていたと紹介されています。岩本氏が投稿を選び、鶴瓶は渡された手紙をすべて読んでいたと、新野も当時を振り返りました。
投稿は単なる感想の紹介にとどまりません。ある人の疑問が出演者の議論を呼び、別のリスナーが意見を送り、その意見をきっかけに新たな話題が生まれる。番組の内容が、出演者だけでなくリスナーとのやり取りによって形づくられていたのです。
3.「ぬかる民」という共通の呼び名
リスナーに独自の呼称が付いていたことも、ファン文化を強めた要素です。同じ番組を聴き、投稿を送り、出演者のやり取りを共有することで、聴取者の間に仲間意識が育ちました。
ラジオ大阪が番組で呼びかけた「新世界ツアー」には、多くの人が集まりすぎて「新世界パニック」と呼ばれる出来事も起きています。番組内の言葉や呼びかけが、放送の外でも人を動かす力を持っていたことが分かります。
4.放送終了後も続いた記憶と再評価
番組本が人気を集め、終了後も復活を望む声が根強く残ったことは、当時の報道でも伝えられています。2019年には番組開始から約40年、終了から約30年という節目に、当時の関係者が番組の舞台裏を語りました。2025年の新野の死去を機に、鶴瓶が改めて恩人として新野を振り返ったことも、番組の記憶が現在まで受け継がれていることを示しています。
ただし、熱心なファンの存在と、番組の聴取率が常に高かったことは同じ意味ではありません。初期にはスポンサーが付かず、局内の評判が芳しくなかったという証言もあります。商業的な評価と、リスナーの間で育った熱量が必ずしも一致しなかった点も、この番組を理解するうえで見逃せません。

【ぬかるみの世界の語録】「ありぃの」「しいぃの」から名物論争まで
「ぬかるみの世界」は、番組内で使われた独特の言い回しや、何気ない言葉から発展した議論でも知られています。語録を調べるときは、出演者の口癖、番組で生まれた表現、議論のテーマを分けて考えると理解しやすくなります。
「ありぃの」「しいぃの」
新野新の口癖として紹介される表現です。お笑い用語を解説する記事では、東京へ進出した吉本興業のお笑いタレントらが使ったことで、全国的に広がったと説明されています。新野の話し方や語感が、番組の外にも影響を与えた例として知られています。
「おじん・おばん」
ラジオ大阪の公式告知では、鶴瓶と新野が番組内で生み出した言葉として紹介されています。年齢や男女の感覚をめぐる話題とも結び付き、番組らしい身近な議論を象徴する表現になりました。
「おにぎり談義」
こちらは、リスナーの投稿や出演者の話から広がった名物テーマの一つです。普段なら深く議論しないような食べ物の話でも、番組内では意見の違いや個人のこだわりが表面化し、ひとつの話題として展開していきました。
「諸悪の根源!」
ニッポン放送「笑福亭鶴瓶 日曜日のそれ」の2025年10月5日放送分では、鶴瓶が新野の口調をまねながら、当時のやり取りを振り返っています。「お前がね、みんなそう仕向けるのよ!」という言い回しも紹介され、新野の感情を率直に表現する話し方が懐かしまれました。
これらの言葉を楽しむ際に押さえたいのは、語録だけを切り取っても、番組の魅力すべてが伝わるわけではないということです。言葉が生まれた状況、相手の反応、そこから話がどこへ転がっていくのか。その一連の流れにこそ、「ぬかるみの世界」らしさがありました。
【新野新さんの追悼特番】「鶴瓶ひとりのぬかるみの世界」と現在の評価
放送作家の新野新さんは、2025年9月25日に90歳で亡くなりました。ラジオ大阪は同年11月、追悼特番「新野新さんを偲ぶ 鶴瓶ひとりのぬかるみの世界」の放送を告知。番組は2025年12月21日(日)深夜24時から生放送されました。放送枠は翌22日午前0時から午前1時39分までです。
特番の出演者は笑福亭鶴瓶。レギュラー放送のように鶴瓶と新野が向かい合って話す形ではなく、鶴瓶がリスナーからの投稿を紹介しながら、新野との思い出や番組にまつわるエピソードを語る構成でした。
ラジオ大阪の公式告知では、番組内で生まれた議論や「新世界パニック」にも触れられています。レギュラー放送が終わってから数十年を経ても、番組の記憶を共有するリスナーが存在することが、特番実現の背景にあります。
「笑福亭鶴瓶 日曜日のそれ」でも新野を追悼
2025年10月5日放送のニッポン放送「笑福亭鶴瓶 日曜日のそれ」では、新野の死去を受けて「ぬかるみの世界」の思い出が語られました。10月6日付の公式放送後記によると、鶴瓶は新野を「恩人」と振り返り、番組のおかげで今も話すことができているという趣旨の感謝を伝えています。
さらに、2026年1月4日放送分の同番組の放送後記では、前年12月の追悼特番が取り上げられました。当時のディレクターの声掛けで実現した復活放送だったことや、当時と同じオープニング音楽が流れたことなど、番組が再び放送された舞台裏も紹介されています。
radikoのタイムフリーで今も聴ける?
ラジオ大阪の告知では、追悼特番はradikoで聴取でき、放送後最長30日間はタイムフリーで再生できると案内されていました。ただし、この期間は無期限ではありません。
2026年10月時点では、2025年12月放送分の通常のタイムフリー聴取期間は終了しています。radikoの番組情報でも、当該放送の配信終了が案内されていました。そのため、過去の告知に再生案内が残っていても、現在そのまま聴けるとは限りません。
再び聴きたい場合は、ラジオ大阪の公式サイトや公式番組告知で、再放送やアーカイブ公開の新しい案内があるかを確認するのが確実です。追悼特番の放送実績と、現在も配信中であるかどうかは、分けて確認する必要があります。

【現在も語り継がれる理由】番組の記憶と向き合うためのポイント
「ぬかるみの世界」の価値は、懐かしい昭和のラジオ番組という説明だけでは捉えきれません。番組の歴史をたどると、リスナーが放送の受け手であると同時に、話題を提供し、番組の空気を形づくる参加者でもあったことが見えてきます。
現在、番組に関心を持つ人には、大きく分けて3つの楽しみ方があります。
当時を知る人は、思い出と実際の記録を照らし合わせる。 放送当時の記憶を振り返る際には、当時の番組本や、岩本重義氏ら関係者が取材で語った証言が参考になります。最終回や番組終了の背景も、単なる伝説としてではなく、当事者の回顧から理解できます。
初めて知る人は、語録よりも番組の構造に注目する。 「ありぃの」「しいぃの」といった表現や有名なエピソードは入口になりますが、2人の立場の違い、会話の脱線、投稿から議論が生まれる仕組みを知ると、なぜ熱心なリスナーが生まれたのかを理解しやすくなります。
音源を探している人は、公式の配信状況を確認する。 特番が放送されたという事実と、現在も聴取できるという事実は別です。radikoのタイムフリーには期間制限があり、古い番組の再配信が行われるかどうかも、その都度の公式発表によります。
また、ネット上で「ぬかるみの世界の語録」として紹介されている言葉には、実際の発言、口癖、番組内の議論を短くまとめた表現などが混在しています。言葉の意味や由来を知りたいときは、ラジオ大阪の番組紹介や、当時を振り返る取材記事、鶴瓶自身が新野を語った放送後記など、出どころの分かる記録を優先すると、番組への理解が深まります。
【ぬかるみの世界】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:ぬかるみの世界の放送開始日と最終回はいつですか?
A1:ラジオ大阪で1978年4月9日に放送が始まり、1989年10月1日に最終回を迎えました。放送期間は約11年半です。
Q2:「ぬかる民」とは何ですか?
A2:「ぬかるみの世界」を聴いていたリスナーの呼び名です。はがきや封書で積極的に番組へ参加するファンが多く、番組を中心とした独自の文化が育ちました。
Q3:「新野新さんを偲ぶ 鶴瓶ひとりのぬかるみの世界」は今もradikoで聴けますか?
A3:2025年12月21日深夜に放送され、radikoでは放送後最長30日間のタイムフリー聴取が案内されていました。2026年10月時点では通常のタイムフリー期間は終了しています。再放送や別のアーカイブ公開については、ラジオ大阪の公式告知を確認してください。
【プロの結論】まとめ:ぬかるみの世界が残したものと今後の楽しみ方
「鶴瓶・新野のぬかるみの世界」は、1978年4月9日から1989年10月1日まで放送された、ラジオ大阪を代表する深夜番組の一つです。笑福亭鶴瓶と新野新の率直な掛け合い、リスナー投稿から広がる議論、そして「ぬかる民」という独自のファン文化が、長く記憶される理由になりました。
2025年9月25日に新野新さんが90歳で亡くなった後、鶴瓶はニッポン放送の「日曜日のそれ」で恩人への感謝を語り、ラジオ大阪は同年12月21日深夜に追悼特番を放送しました。レギュラー番組の終了から数十年がたっても、出演者とリスナーの記憶が新たな放送につながったことは、この番組の特別な存在感を物語っています。
番組を初めて知った人は、放送期間や最終回を確認したうえで、語録や当時の証言、追悼番組に関する記録をたどると、番組の全体像をつかみやすくなります。往年のリスナーにとっては、思い出を懐かしむだけでなく、当時の記録を通じて番組の魅力を改めて発見する機会にもなるはずです。
音源を聴きたい場合は、過去のタイムフリー案内だけで判断せず、最新の公式配信情報を確認することが大切です。番組が残した言葉や人間関係、リスナーとのつながりをたどることが、2026年の今、「ぬかるみの世界」を知り、次の世代へ伝えるための確かな入口になります。 (出典: ぬかるみ の 世界(Yahoo!ニュース))